現代のビジネス環境において、長年培われてきた伝統を守りながらも時代の変化に対応するための革新を取り入れることは、企業の持続的成長に不可欠な要素となっています。多くの経営者が「伝統を守るべきか、革新を進めるべきか」という二択に悩む中、実はこの二つは対立するものではなく、相互に補完し合うものだということが、様々な成功事例から明らかになっています。
「両利きの経営」という考え方
「両利きの経営」という概念を御存知でしょうか。これは既存事業を深めていく「知の深化」と新規事業を展開する「知の探索」を両輪として企業を経営することの重要性を、右手と左手を自在に動かせる「両利き」になぞらえた経営論です。
世界中で注目を集めているこの考え方は、既存の強みを活かしながらも、新たな挑戦を続けることで企業の持続可能性を高める方法論として広がっています。変化が激しく、予測困難な現代のビジネス環境において、この「両利き」の能力こそが企業の生存と成長を左右するのです。
「両利きの経営」を推進するうえで注意したいのは、「既存事業の深化」と「新規事業の開拓」という相反する役割を相互に生かす仕組みを作ることです。両者が良い影響を与え合い、「知の深化」と「知の探索」がより高いレベルで進むことも重要な目的といえます。
伝統と革新を融合させる4つの戦略
伝統と革新のバランスを取るための具体的なアプローチとして、4つの戦略が考えられます。これらの戦略は、企業の状況や業界に応じて使い分けることが効果的です。
1. 伝統を保護する戦略
伝統をしっかり守りつつ、イノベーションを分離するアプローチです。例えば、老舗和菓子店が伝統の味をそのままにしながら、若年層向けの新しいスイーツラインを別途開発するような形です。「ここに来ればいつもの味がある」という信頼を守りつつ、新しい顧客層を開拓できます。
先代経営者が健在で、後継者が新規事業を立ち上げる際に特に有効な戦略といえるでしょう。
2. 本質を維持する戦略
伝統の核心は守りつつ、製造方法やデザインを現代風にアレンジするアプローチです。例えば、伝統的な製法を守りながらも、デザインや顧客とのコミュニケーション方法をアップデートするといった方法です。伝統工芸品のブランドが、SNSやオンラインショップを活用して新たな顧客層に訴求するケースがこれにあたります。
3. 遺産を復元する戦略
家業の歴史や伝統の中から失われた要素を再発見し、それを現代風に再解釈するアプローチです。過去の価値を今の時代に合う形で蘇らせるのがポイントです。例えば、かつて使われていた伝統技術を復活させ、現代のニーズに合わせた新商品開発に応用するといった取り組みです。
4. ノスタルジーを受容する戦略
祖業や原点を前面に押し出した伝統的な製品と、モダンな新製品を並行して展開するアプローチです。新しいものを提供しつつも、原点の価値を守ることで、長年のファンと新しい顧客を両立させる戦略です。
デジタル技術を活用した伝統企業の革新事例
ある映像関連機器販売会社の事例は、デジタルマーケティングによる伝統企業の革新を示す好例です。この会社は2004年に設立され、2019年にM&Aで事業承継されました。
それまで電話帳で電気工事業の会社を探してアポイントを取り、訪問営業していた同社ですが、コロナ禍の影響で2020年の売上は前年比30%ダウンという苦境に立たされました。そこで経営者の交代を機に、デジタルマーケティングを本格導入。自社のWebサイトを刷新し、それまで電話でのサポートだった内容をQ&Aにまとめて掲載しました。さらにWeb広告を出稿し、ランディングページも作成しました。
その結果、既存の取引先からは「機器の扱いで分からないことがあっても、いちいち電話せずに済むようになった」と好評を得ただけでなく、新規のお問い合わせも増加。利益は設立以来最高額に達し、デジタルマーケティングの効果を実感したといいます。
さらにアドバイザーからの助言を実行した結果、製品の販売先・売上ともに前年度比50~60%増を達成。通信業界や放送業界との新規取引も生まれ、以前低迷していた商品の売上が一気に伸びました。
伝統と革新のバランスを取るための実践ポイント
伝統と革新のバランスを取るためには、何を守り、何を変えるべきかの見極めが重要です。以下に実践するためのポイントをご紹介します。
本質的価値(Why)と表現方法(How)を区別する
企業の存在意義や提供価値の本質(Why)は守りながら、その表現方法や提供手段(How)を時代に合わせて変化させることが重要です。お客様に届けたい価値や体験の本質は変わらなくても、それを届ける方法は柔軟に変化させることで、伝統と革新のバランスを取ることができます。
バランスト・スコアカードを活用した戦略マッピング
バランスト・スコアカード(BSC)は、財務、顧客、業務プロセス、学習と成長の4つの視点から企業の戦略目標を設定し、それらの間の因果関係を明確にするフレームワークです。
このツールを活用することで、伝統を守りながらも革新を進める道筋を明確に設計し、全社で共有することができます。特に、「伝統を守る」という目標と「革新を進める」という目標を対立させるのではなく、相互の関連性を明らかにすることで、バランスの取れた経営戦略を策定できます。
次世代リーダーの育成と権限委譲
伝統と革新のバランスを取るためには、次世代リーダーの育成が不可欠です。彼らが伝統の意義を十分に理解した上で、新しいアイデアや技術を導入するためのスキルを磨くための機会を提供しましょう。
また、後継者への信頼と適切な権限委譲も重要です。創業者や経営者から後継者への信頼を築くためには、明確なコミュニケーションや期待の共有が必要です。権限委譲によって後継者が自らの判断で経営を行える環境を整えることで、彼らは自信を持って革新に取り組むことができます。
デジタル時代の伝統企業における変革の進め方
現代のデジタル技術は、伝統文化を新たな形で発信・体験するための大きな可能性を秘めています。オンラインショップ、SNS、ライブ配信、VR/AR体験など、さまざまなデジタルツールを駆使すれば、伝統的な技術や製品の魅力を全国、さらには海外に伝えることができます。
例えば、ある伝統工芸品を扱う店舗では、工房の制作過程をライブ配信するプロジェクトを実施。職人が実際に手作業で商品を製作する様子をリアルタイムで伝え、視聴者からのコメントや質問に答える形式を採用しました。結果、ライブ配信を通じたファンが急増し、動画の視聴数は従来のプロモーション方法の3倍以上に達し、実店舗への来訪促進にも効果がありました。
また、ストーリーテリング動画の制作など、伝統工芸の歴史や制作秘話、職人のこだわりを動画コンテンツとしてまとめ、YouTubeやTikTokで配信することで、若年層にも響くブランドメッセージを構築できます。
まとめ:伝統と革新が織りなす未来への道
伝統と革新は決して対立するものではなく、企業の持続的成長のために相互に補完し合う要素です。伝統は企業のアイデンティティや信頼の源泉であり、革新はその価値を新たな形で表現し、より多くの人に届けるための手段といえるでしょう。
「何を守り、何を変えるか」という見極めが、伝統と革新のバランスを取る上で最も重要なポイントです。本質的な価値を守りながら、その表現方法を時代に合わせて変化させることで、老舗企業は新たな成長の道を切り拓くことができます。
そして、「両利きの経営」の考え方を取り入れ、既存事業の深化と新規事業の探索をバランスよく進めることが、不確実性の高い時代を生き抜くための鍵となります。伝統の強みを活かしながら、デジタル技術などを取り入れた革新に挑戦することで、次の100年を見据えた持続可能な経営を実現できるでしょう。
参考情報:
- 両利きの経営とは?推進する方法や組織の作り方を紹介
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