松下幸之助の経営哲学には「与える」という考え方が深く根付いています。一見すると「与える」ことは損に思えるかもしれませんが、実は自分自身や社会の繁栄につながる重要な原則なのです。今回は、松下幸之助の「十のサービスを受けたら、十一を返す」という考え方から、ビジネスと人生における「与える」ことの価値と実践方法について探ってみましょう。
松下幸之助の「十一を返す」哲学とは
松下幸之助は「十のサービスを受けたら、十一を返す。その余分の一のプラスがなければ、社会は繁栄していかない」という考え方を示しました。この言葉は単なる美徳の表現ではなく、社会の発展と個人の成功に不可欠な原則を表しています。
松下は仕事を「創造」の世界と捉え、お客様からいただいた対価以上の価値を提供することで、世の中がどんどん良くなっていくと考えました。つまり、受け取った以上のものを返すことが、社会全体の「生成発展」につながるという視点を持っていたのです。
「十をもらって十返すだけだと、世の中はよくなっていかない。十もらったら、十一。十一もらったら十二を返す。それを重ねていくことで少しずつ、世の中はよくなっていく」
これは単なる慈善的な考え方ではなく、ビジネスの発展と社会の繁栄を同時に実現する経営哲学の核心部分です。松下幸之助は、自らの企業活動を通じてこの哲学を実践し、パナソニック(当時の松下電器産業)を世界的企業へと成長させました。
「与える」ことの心理学 – 返報性の原理
松下幸之助の「十一を返す」という考え方には、心理学的な裏付けもあります。これは「返報性(へんぽうせい)の原理」と呼ばれる人間心理に基づくものです。
返報性の原理とは、何かをもらったり助けてもらったりした時に、お返しをしなければならないという気持ちが自然と生じる心理的メカニズムです。この心理は私たちの日常生活やビジネスの様々な場面で働いています。
例えば、スーパーの試食コーナーでは、無料で食べさせてもらうと「お返しをしなければ」という気持ちが生じ、その商品を購入する確率が上がります。または大手ハンバーガーチェーンのコーヒー無料キャンペーンも、コーヒーをもらった「お返し」としてハンバーガーやサイドメニューを購入する心理を活用した戦略です。
与えることで拓かれたビジネスチャンス – ナショナルランプの事例
松下幸之助は自らの経営哲学を実践で示しました。1927年4月、創業して10年の節目に開発した角型ランプを「ナショナルランプ」と名付け、販売に際して1万個を販売店に無償配布するという思い切った販売戦略を実施しました。
この大胆な「与える」戦略は大成功を収め、翌年末には月間3万個もの売上を達成するという驚異的な結果をもたらしました。販売店は無料でランプをもらったことへの「返し」として、積極的に販売に協力したのです。
しかし、ここで重要なのは、ただ単に無償配布すれば成功するというわけではないという点です。松下幸之助が開発したナショナルランプは、光力が強く、電池が長持ちし、手持ちでも自転車でも使えるという、消費者のニーズに合った優れた商品でした。「与える」ことの成功には、「誠実」「真摯」という前提が不可欠なのです。
奉仕の心が創る無限の価値
松下幸之助は「与える心さえもつならば、与えるものは必ず誰にでもある」と語っています。これは、誰もが他者に価値を与えることができるという深い洞察です。
「たとえば、極端にいえば、駅で電車を待つあいだでも、プラットホームにゴミが落ちていれば、それを拾って屑箱に入れる。これもやはり与える心だと思う。まずそういうことから始めたらよい。もしそれもできないとすれば、やさしいことばを周囲の人にかけてあげることである」
松下はさらに「お世話になっている人には、心から『ありがとう』といい、一生懸命働いている人には、『大変ですね。あまりムリをなさらんように』などという。そういういたわりのことばをかけることでも、立派な与える心になると思う」と続けています。
この考え方は、与える行為は金銭や物質的なものだけでなく、感謝や思いやりの言葉、小さな親切な行動など、誰もが持っている無限の資源から生み出せるということを教えています。
ビジネスリーダーの心得 – お互いに奉仕し合う関係性の構築
松下幸之助は松下政経塾の若い塾生たちに、次のように語りかけています。
「やっぱり奉仕の心を忘れたらいけない。われわれはお互いに奉仕しあっているんや。ぼくは諸君に奉仕している。諸君もまたぼくに奉仕をしないといかんな。お互いに仕えるということやな。仕えあうということが非常に大事や」
この言葉は、真のリーダーシップの本質を突いています。リーダーは部下に命令するだけの存在ではなく、部下に奉仕する立場でもあるというパラダイムシフトを示しているのです。
現代のビジネス環境では、上司と部下の関係性も変化し、相互に価値を与え合う関係性が求められています。「お互いに仕えあうということが非常に大事や。これを忘れたらいけない。その心持ちがなかったらあかんで。そういうものがお互いの絆をつなぐわけや」という松下の言葉は、今日のチームマネジメントにも通じる重要な視点を提供しています。
与えることの「生成発展」サイクル
松下幸之助は「宇宙の原理」について専門家を交えて徹底的に考え、「生成発展」という概念に至りました。これは与えることで社会全体が少しずつ発展していくという考え方です。
「十をもらって十返すだけだと、世の中はよくなっていかない。十もらったら、十一。十一もらったら十二を返す。それを重ねていくことで少しずつ、世の中はよくなっていくというのが『生成発展』です」
この「生成発展」の考え方は、サステナビリティやCSVの考え方にも通じるものがあります。企業が単に自社の利益を追求するだけでなく、社会に還元し、社会とともに発展していく姿勢は、現代のビジネスにおいても重要な指針となっています。
「利他」か「利己」か – 二つの人間タイプ
松下幸之助の哲学を理解する上で重要なのは、「利他」と「利己」の概念です。検索結果では次のように対比されています:
「利他の人は、十もらったら、十一を返す人。
利己の人は、十もらったら、十一欲しいという。
自分の利益しか考えない利己の人は、更にもっともっと、と欲しがる。
そして、何かをもらっても、お返しはしない」
利他の人は、何かをもらったらそれ以上のものを返すことを考え、相手の予測を上回るサービスや気配りによって感動を生み出します。一方、利己の人は自分の利益だけを追求し、常に与えられることばかりを求めます。
松下は明らかに「利他」の生き方を推奨しています。しかし、それは単なる道徳的な教えではなく、「あらゆる人間関係において、十のサービスを受けたら、十一を返している人は、いつか必ず成功する」という実践的な成功法則でもあるのです。
革新の心得 – 与えることと成長する組織
松下幸之助は「革新の心得十カ条」の中でも、与える心や奉仕の精神に通じる考え方を示しています。特に第3条では「画期的な発明、発見、創造は、感謝と反省の中から生まれてくる。与えられた使命、仕事に感謝し、徹底した反省を行いたい」と述べています。
また第6条では「自分一人の知恵には限りがある。特にこれまでにない新たな方法、行き方を見いだそうとするならなおのこと、衆知が欠かせない」と、他者の知恵を取り入れることの重要性を強調しています。
これらの教えは、「与える」ことと「受け取る」ことのバランスが、組織の革新と成長に不可欠であることを示唆しています。自分の知識や経験だけに頼るのではなく、他者から学び、その上で自分の考えを惜しみなく与えることで、組織全体の知恵が高まっていくのです。
実践のための5つのステップ
松下幸之助の「与える」哲学を現代のビジネスに活かすためには、具体的な実践が必要です。以下に、実践のための5つのステップを紹介します:
- 小さなことから始める: 挨拶や感謝の言葉など、誰でもできる「与える」行為から始めましょう
- 期待せずに与える: 見返りを期待せず、純粋に相手や社会のために価値を提供する姿勢を持ちましょう
- 質にこだわる: 松下幸之助のナショナルランプのように、与えるものの質を高め、誠実さを伝えることが大切です
- 継続する: 一度や二度ではなく、継続的に価値を提供し続けることで信頼関係が築かれます
- 循環を意識する: 与えたものがどのように社会に還元され、巡り巡って自分に返ってくるかを長期的な視点で考えましょう
これらのステップを実践することで、松下幸之助の「十一を返す」哲学を現代のビジネスや人間関係に活かすことができるでしょう。
最後に – 豊かさの本当の意味
松下幸之助の哲学は、ビジネスの成功と個人の幸福、そして社会の繁栄が密接につながっていることを教えてくれます。惜しみなく与える「プレゼント大魔王」のような生き方は、一見すると損に思えるかもしれませんが、長い目で見れば必ず豊かさをもたらします。
それは単なる金銭的な豊かさではなく、信頼関係や感謝の気持ち、そして社会貢献による充実感という、より深い豊かさです。松下幸之助が示した「十のサービスを受けたら、十一を返す」という哲学は、今日のビジネスパーソンにとっても、貴重な指針となるでしょう。
与えることで得られる豊かさは、計り知れません。ぜひ今日から、あなたも「十一を返す」実践を始めてみませんか?

コメント