こどもの日が祝日となった理由と端午の節句との関わり


こどもの日は毎年5月5日に祝われる国民の祝日です。ゴールデンウィーク最後の祝日として多くの人に親しまれていますが、なぜこの日が休みなのか、その理由や歴史的背景について詳しく解説します。

こどもの日の法的位置づけと意味

こどもの日は「国民の祝日に関する法律」において、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」日と明確に定義されています。この祝日は1948年(昭和23年)に制定された法律に基づいており、当初から国民の祝日として位置づけられていました。

注目すべき点は、法律で定められた趣旨には「母に感謝する」という要素が含まれていることです。こどもの日は単に子どもたちを祝福するだけでなく、子どもを育てる母親への感謝も込められた日なのです。現代の感覚では両親への感謝と解釈することもできるでしょう。

こどもの日が祝日として制定された歴史的背景

こどもの日が祝日として制定された背景には、戦後の日本社会における新たな価値観の創出がありました。祝日法が制定された昭和23年(1948年)は、第二次世界大戦終結から間もない時期であり、日本が新たな国家としての一歩を歩み始めた時代でした。

当時の立法関係者は「国の建て直しをするには、人物を養うことが根本の要件である」という考えのもと、国の将来を担う子どもたちへの期待を込めて、この祝日を設けました。参議院文化委員会の報告書では、「子供を主体とした日で、いわゆるリーガル・ホリデーとしては世界に例のないことであり、如何にも新しい日本の国にふさわしい祝日である」として賛意が示されています。

実は、こどもの日が制定される前年の1946年から1948年までの3年間、5月5日は「ボーイ・デー」と呼ばれていたという経緯もあります。

端午の節句との関係

こどもの日と密接に関連しているのが「端午の節句」です。端午の節句は奈良時代から続く「五節句」の一つであり、こどもの日が法的に祝日と定められる遥か以前から、日本の伝統行事として親しまれてきました。

端午の節句の起源は、約2300年前の中国にさかのぼります。もともとは屈原という政治家の命日に供養の祭りを行ったことが始まりとされています。日本には奈良時代頃に伝わり、当初は無病息災を願う行事として受け入れられました。

江戸時代に入ると、端午の節句は武家社会の影響を強く受けるようになります。「菖蒲(しょうぶ)」と「尚武(しょうぶ)」をかけて、武家の跡取りである男の子の成長を祈る行事へと変化していきました。徳川幕府の時代には、5月5日は正式に式日(祝日)として制定され、大名や旗本が江戸城に集まりお祝いする日となりました。

こどもの日の日付が5月5日に決まった理由

こどもの日がなぜ5月5日に定められたのかについては、いくつかの理由があります。

祝日法制定時の議論では、子供に関する風習として3月3日の「ひな祭り」と5月5日の「端午の節句」の両方があることが認識されていました。当初は両方を合わせて5月3日とする案もありましたが、5月3日は憲法記念日とすることが決まったため、季節のよい5月5日が採用されることになりました。

また、5月5日は古くから端午の節句として親しまれていた日であり、多くの人々の生活に根付いていたことも選定理由の一つでした。祝日法制定に関わった人々は「決して男の子だけを対象としたのではない」と明言しており、こどもの日は性別を問わず全ての子どもを祝う日として位置づけられました。

ひな祭りが祝日でない理由

「なぜ男の子の節句のみが祝日で、女の子のひな祭りは祝日でないのか」という疑問を持つ人も多いでしょう。これは、戦後の祝日制定時に議論された結果です。

江戸時代には五節句(1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽)全てが式日(祝日)でしたが、新暦採用に伴い全て廃止されました。戦後の祝日法制定にあたり、桃の節句(ひな祭り)も端午の節句も祝日とする案が出されましたが、議論の結果5月5日のみが「こどもの日」として祝日になりました。

当時発行された書籍には「女の子の日と男の子の日を合流させるのは難しいだろう」という記述があり、実際にひな祭りと端午の節句は別物として日本の文化に残りました。結果として、両方を合わせた「こどもの日」という概念で5月5日のみが祝日となったのです。

こどもの日の伝統的な風習と習慣

こどもの日には、端午の節句から引き継がれた様々な風習や習慣があります。代表的なものには以下のようなものがあります:

1. 鯉のぼりと五月人形を飾る

鯉のぼりは「川の流れに逆らって上昇する鯉のようにたくましい子に育ってほしい」という願いを込めて飾られます。これは江戸時代、武士が玄関に飾っていた幟や旗指物が起源とされています。

五月人形(鎧や兜など)は子どもを災いから守ることを目的に飾られるようになりました。鎧や兜には病気や事故から守る意味が、弓矢や太刀には邪気払いの意味が込められています。

2. 菖蒲湯に入る

菖蒲(しょうぶ)は強い香りを放つ植物で、古来より中国で邪気を払う薬草として使われていました。こどもの日に菖蒲湯に入るのは、無病息災と健康を願う風習です。

3. 節句料理を食べる

こどもの日の代表的な食べ物として、柏餅とちまきがあります。柏餅は柏の葉で包んだ餅菓子で、柏の木は新芽が出るまで古い葉が落ちないという特徴から「家系が途絶えない」「子孫繁栄」の象徴とされています。一方、ちまきは中国から伝わったもので、初節句のお祝いに食べる習慣があります。

まとめ

こどもの日が祝日である理由は、戦後の日本が新たな国家として再出発する中で、未来を担う子どもたちへの期待と重要性を象徴する日として法的に位置づけられたからです。古くからの端午の節句の伝統と結びつきながらも、性別を問わず全ての子どもの成長と幸福を祝う日として制定されました。

また、「母に感謝する」という要素も含まれており、子どもを育てる親への感謝も込められた意義深い祝日です。現代においても、鯉のぼりや五月人形を飾り、菖蒲湯に入り、柏餅を食べるなど、日本の伝統文化を継承しながら祝われています。

こどもの日は単なる休日ではなく、子どもの人格を尊重し、次世代を担う子どもたちの健やかな成長を願う、日本独自の文化的価値を持った祝日なのです。

参考情報

・内閣府|国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号): https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC1000000178/
・清月堂本店「端午の節句の由来」: https://www.seigetsudo-honten.co.jp/park/noshiinfo/tangonosekku
・マイナビ保育士「こどもの日とは?意味・由来や端午の節句との違い」: https://hoiku.mynavi.jp/contents/hoikurashi/childminder/knowledge/8182/

注意

・Amazonのアソシエイトとして、双子のドラ猫は適格販売により収入を得ています。
・この記事は情報提供を目的としたものであり、医学的・法律的なアドバイス等の専門情報を含みません。何らかの懸念がある場合は、必ず医師、弁護士等の専門家に相談してください。
・記事の内容は最新の情報に基づいていますが、専門的な知見は常に更新されているため、最新の情報を確認することをお勧めします。
・記事内に個人名が含まれる場合、基本的に、その個人名は仮の名前であり実名ではありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました