「労咳(ろうがい)」と「結核」は同じ疾患を指す言葉ですが、時代による病気の理解と名称の違いがあります。現代医学では結核菌による感染症として理解されていますが、かつては症状から名付けられた「労咳」という病名が一般的でした。この記事では両者の違いと歴史的背景を詳しく解説します。
労咳(ろうがい)とは
労咳(ろうがい)は、江戸時代を中心に日本で広く使われていた病名で、現代医学でいう肺結核を指します。「労」は疲労困憊の意味を持ち、慢性的な経過をたどり身体の衰弱を招く疾患に用いられる言葉でした。
労咳という呼称は「疲労によって起こる咳をともなう衰弱」を意味し、この病に苦しむ人の症状を表現したものです。労咳の記述は古くから見られ、平安時代の『枕草子』や『源氏物語』などにもその描写があります。
また「労瘵(ろうさい)」「労症」「労気」「労」「癆」などの呼び名もあり、これらは皆、次第に衰弱していく症状を捉えて名づけられた言葉でした。英語でも同様に消耗を意味する「consumption」という言葉が使われていました。
結核とは
結核は、結核菌(Mycobacterium tuberculosis)による感染症です。現代では、結核菌という細菌が直接の原因となって起こる病気と定義されています。
結核菌は主に空気感染(飛沫核感染)によって広がります。感染者が咳やくしゃみをした際に、結核菌を含んだ飛沫が周囲に飛び散り、それを他の人が吸い込むことで感染します。
結核は肺に病変を起こすことが多い(肺結核)ですが、リンパ節、骨、関節、腎臓、腸、脳髄膜など全身のさまざまな臓器にも感染し病気を引き起こすことがあります。
労咳と結核の違い:歴史的変遷
労咳と結核の最大の違いは、時代背景と医学的知識にあります。
名称の由来と変遷
- 労咳(前近代的理解):
- 症状に基づく命名(疲労、咳、衰弱)
- 原因は不明で、暴飲暴食、消化不良、精神の疲労などが原因と考えられていた
- 結核(近代医学的理解):
- 病理学的知見に基づく命名(結節/tuber)
- 1882年にドイツの細菌学者ロベルト・コッホにより結核菌が発見され原因が明らかになった
興味深いことに、「結核」という言葉自体は古くから存在していましたが、もともとは瘰癧(るいれき:頚部リンパ節結核)を指す言葉でした。現在の肺結核を指す用語として「結核」が使われるようになったのは明治以降のことです。
1857年に緒方洪庵が「扶氏経験遺訓」の中でPhthisis tuberculosaを「結核肺労」と訳し、労咳と瘰癧を同じ範疇の疾患「結核」としました。これが現代の結核という病名の始まりといえるでしょう。
結核の歴史と国民病としての側面
結核は世界的に見ても古くからある疾患で、紀元前7000年頃のドイツのハイデルベルグ人の脊椎にカリエス(脊椎結核)の痕跡が見つかっています。
日本での結核の流行は、明治時代に入って社会が近代化を始めてから顕著になりました。産業革命期(資本主義成立期)と一致して結核は猛威を振るい、「国民病」と呼ばれるほど多くの人々を苦しめました。
高杉晋作や樋口一葉、沖田総司など数多くの歴史上の人物も結核に苦しみました。
現代における結核
現在でも、全国で約1万人、東京都でも約1千500人が毎年新たに結核と診断されています。世界的には、WHOが2016年時点で世界の罹患者数を1040万人、死亡者数を170万人と推計しており、依然として重大な感染症であることに変わりはありません。
結核は適切な治療によって治る病気です。現代では抗結核薬を6ヶ月以上使用する治療が行われます。また予防のためにBCGワクチン接種、咳エチケット、定期健診受診などが重要です。
まとめ
労咳と結核は本質的には同じ疾患を指しますが、時代によって理解と呼称が変化してきました。労咳は症状から名付けられた前近代的な病名であり、結核は病理学的知見と病原体の発見後に広まった近代医学的な病名です。
かつて恐れられた「労咳」は現代医学の発展により「結核」という正確な理解と治療法を得て、致死率は大幅に下がりました。しかし今なお世界的には重大な感染症であり、対策が必要とされています。
この歴史的変遷は、医学の進歩と共に疾患の理解がどのように深まり、それに伴って名称や対策も変化していくかを示す興味深い事例といえるでしょう。
参考情報
- 公益財団法人 結核予防会 https://jata.or.jp/about/basic/
- 東京都感染症情報センター https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/tb/
- 人と動物の共通感染症ガイダンス https://www.tvma.or.jp/activities/guidance/infections/tuberculosis/

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