オオカバマダラ(大樺斑)は、その壮大な渡りで知られる美しい蝶ですが、日本では「迷蝶」として限られた記録があるのみで、現在は定着していません。本レポートでは、この興味深い蝶の日本における生息の歴史と現状、そして世界における分布や生態について詳しく探ります。
日本におけるオオカバマダラの記録と歴史
歴史的な記録
オオカバマダラの日本における記録は限定的です。1905年から1930年頃には、台湾、琉球、小笠原諸島などで比較的一般的に観察されていました。この時期は日本が朝鮮半島や台湾を統治していた時代と重なります。特に昭和初期までは沖縄や小笠原諸島では普通に見られたと記録されています。
竹内誠一氏の1936年の紀行文によれば、中硫黄島(現在の硫黄島)では「何んと言っても驚くべきものは飛行場附近のオオカバマダラ。全く無数に飛び交っている」と記されており、当時の豊富な個体数をうかがい知ることができます。また、母島の石門山での目撃も記録されています。
最後の記録と消失
しかし、第二次世界大戦後、日本でのオオカバマダラの記録は急激に減少しました。最後の確認記録は1968年に沖縄本島で採集されたものとされています。それ以降、日本の自然環境内での定着や継続的な繁殖の記録はありません。
日本での観察記録のある地域
日本国内でオオカバマダラが記録された地域は以下の通りです:
- 沖縄県:沖縄本島、石垣島、西表島
- 小笠原諸島:母島、父島、硫黄島、中硫黄島
- その他:東京都、神奈川県(相模原市で2013年6月に1頭目撃)、大阪府、鹿児島県(奄美大島)
日本で定着しない理由
オオカバマダラが日本で定着しない主な理由として、以下の要因が考えられています:
- 食草の不足:幼虫の食草であるトウワタやフウセントウワタといったガガイモ科の植物が日本には十分に生育していないこと。
- 生息地の破壊:潜在的な生息地が開発などによって破壊されたこと。
- 気候要因:日本の気候がオオカバマダラの生活サイクルに完全に適合していない可能性。
現在の日本におけるオオカバマダラは「迷蝶」と位置づけられており、季節風や台風などに乗って偶発的に日本へ飛来したものと考えられています。
オオカバマダラの生態と特徴
分類と形態
オオカバマダラ(学名:Danaus plexippus)はタテハチョウ科マダラチョウ亜科に分類される蝶です。英名では「Monarch butterfly(帝王蝶)」と呼ばれ、これは主な体色がオレンジ色であることから、オレンジ公ウィリアム3世に敬意を表して名付けられたという説があります。
翅開長は9.4~10.5cm程度で、成虫の羽には黒、オレンジ、白のまだら模様があります。雄の方がやや大きく、後翅には性標があるのが特徴です。
世界的な分布
オオカバマダラは広範囲に分布しています:
- アメリカ大陸:カナダ南部から南アメリカ北部まで
- 太平洋諸島:ハワイ、クック諸島、ソロモン諸島など
- カリブ海諸島
- オセアニア:オーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニア
- その他:アゾレス諸島、カナリア諸島、マデイラ諸島、ポルトガル本土、ジブラルタル、フィリピン、モロッコなど
このように、オオカバマダラは世界でもっとも分布が広い蝶の一種となっています。
驚異的な渡り行動
オオカバマダラは「渡り蝶」として世界的に知られています。北アメリカでの移動パターンが特に有名です:
- 移動距離と経路:北アメリカでは、春から夏にかけてカリフォルニア州からメキシコで見られる個体が世代交代を繰り返しながら北上し、夏には北アメリカ中部まで移動します。秋になると北から南に約3500kmの距離を一気に南下します。
- 集団越冬:南下した蝶はメキシコやカリフォルニア南部の特定の地域で集団越冬します。集まったチョウの重みで枝がしなることもあるほどの驚異的な数が集まります。
- ナビゲーション能力:渡りの際には、太陽や磁気コンパスを頼りにして進んでいると考えられています。長距離飛行能力に優れ、気流に乗ってあまり羽ばたかずに飛び続けることができます。
防御メカニズム
オオカバマダラは効果的な防御メカニズムを持っています:
- 毒物の蓄積:幼虫はトウワタの葉に含まれる有毒なステロイドを体内に蓄え、この毒は成虫になっても維持されます。
- 警戒色:鮮やかな体色は捕食者に有毒であることを知らせるための警戒色として機能しています。
- 擬態:カバイロイチモンジなど、オオカバマダラに似せた擬態をすることで身を守るチョウも知られています。
保全状況と課題
減少する個体数
オオカバマダラは世界的に見ると、生息数の減少が懸念されています。越冬地となる森林の伐採や、食草であるトウワタの減少などが主な原因とされています。気候変動や殺虫剤の使用、伝染病なども脅威となっています。
保全への取り組み
北アメリカ諸国では、越冬地を保護区とする取り組みやトウワタを積極的に栽培するなどの保護活動が行われています。カナダ政府はオオカバマダラを「特別懸念」(Special Concern)に指定しており、保全の重要性を認識しています。
日本におけるアサギマダラとの比較
日本ではオオカバマダラではなく、同じマダラチョウ科に属するアサギマダラが「渡り蝶」として知られています。アサギマダラも長距離移動を行い、日本では春に南から北へ、秋には北から南へと移動する習性があります。
アサギマダラの中には、日本から香港まで約2,500kmを移動した個体も記録されており、オオカバマダラに次ぐ長距離移動の記録となっています。
結論
オオカバマダラは、壮大な渡りと美しい姿で世界中に知られる蝶ですが、日本では「迷蝶」としての記録のみで定着していません。かつては小笠原諸島や沖縄で比較的一般的に見られましたが、1968年を最後に記録が途絶えています。食草の不足や生息環境の変化がその主な理由と考えられています。
世界的には北アメリカを中心に広く分布し、最大3500kmにも及ぶ壮大な渡りを行うその生態は、昆虫の驚異的な能力を示す象徴となっています。近年は生息数の減少が懸念されており、保全活動が進められています。
今後も気候変動や環境変化によって、オオカバマダラの日本への飛来パターンや世界的な分布に変化が生じる可能性があり、継続的な観察と研究が求められています。
参考サイト
- 胡蝶の杜「オオカバマダラ」 https://kochonomori.com/danaus-plexippus/
- J-STAGE「小笠原諸島のオオカバマダラ」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/yadoriga/2019/261/2019_29/_pdf
- 東京大学総合研究博物館「アサギマダラとオオカバマダラ」 https://www.um.u-tokyo.ac.jp/UMUTopenlab/library/b_25.html


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