オオカバマダラ(モナーク蝶)は美しい渡り蝶として知られていますが、その生態には驚くべき側面があります。同種の個体を摂食する「共食い」行動が複数の形で確認されており、これらは単なる栄養摂取以上の複雑な生態学的・進化的意義を持っています。この報告書では、オオカバマダラにおける様々な共食い行動とその意義について詳細に解説します。
オオカバマダラの基本生態と化学防御
オオカバマダラ(Danaus plexippus)はアメリカ大陸や太平洋諸島に広く分布する蝶で、北アメリカでは年間を通じて北上と南下を行う渡り行動で知られています。この種の特徴的な生態の一つに化学防御があります。
毒素の獲得と利用
オオカバマダラの幼虫は、トウワタという植物の葉を食べることで有害なアルカロイドを体内に蓄積します。これにより天敵である鳥類などの捕食者から身を守る防御機構を発達させています。この毒は成虫になっても持続するため、さなぎや成虫は鮮やかな警戒色で外敵に毒を持っていることを知らせています。
特筆すべきは、オスの成虫がこのアルカロイドを利用してフェロモンを生成し、交尾の際にメスへ「結婚の贈り物」として移すという戦略です。このフェロモン生成に必要な化学物質を補給するため、オオカバマダラは様々な摂取行動を発達させてきました。
成虫による「kleptopharmacophagy」:同種幼虫からの化学物質盗取
新たに発見された行動
2019年12月、シドニー大学の研究チームはインドネシア北スラウェシ州のタンココ・バトゥアングス自然保護区で、オオカバマダラの成虫が同種の幼虫の体をひっかき、傷からにじみ出る体液を吸っている驚くべき行動を観察しました。研究チームはこの行動に「kleptopharmacophagy(消費するための化学物質の盗難)」という名称を付けました。
行動の詳細と意義
観察されたオオカバマダラの成虫は、幼虫の体を鋭い爪でひっかいて傷つけ、そこから出る体液を長い口吻で吸い取っていました。1匹の幼虫に複数の成虫が群がるケースや、既に死んでいる幼虫から体液を吸う個体も確認されています。
この行動は単純な捕食とは異なります。研究者のYi-Kai Tea氏は「幼虫は本質的に『柔らかくなった葉が詰まった袋』であり、成虫のオオカバマダラが探しているのと同じ化学物質を持っています。成虫にとっては、単にエサとなる化学物質の代替的な供給源なのかもしれません」と説明しています。
このような行動は従来の捕食・寄生・共生といった生態学的関係に当てはまらず、新たな進化的疑問を投げかけています。研究者たちは、この行動がオスの蝶が交尾のためのフェロモン生成に必要な化学物質を効率的に獲得するための適応である可能性を示唆しています。
幼虫間の共食い行動
食物不足時の幼虫間共食い
オオカバマダラの幼虫間でも共食いが確認されています。アイオワ州立大学の研究では、宿主植物(トウワタ)が利用できない状況での幼虫間の共食い可能性が調査されました。
研究者たちは、餌なしの状態で異なる齢期(成長段階)の2匹の幼虫を24時間一緒に置く実験を行いました。その結果、35%の確率で共食いが発生し、特に齢期の差が大きいほど共食いの頻度が増加したことが示されました。
齢期の差と共食いの関連性
モナーク蝶の幼虫は5つの齢期を経て発達し、その間に体重が約3,000倍に増加します。研究の結果、第5齢(最終齢期)の幼虫と第1~3齢の幼虫の間では、70~90%の高確率で共食いが発生しました。また、第1齢の幼虫は、どの齢期の相手からも58%の確率で共食いの犠牲になりやすいことが判明しました。
この研究は、食物がない極端な状況下では、モナーク蝶の幼虫が互いを食べることを示しています。これは自然界での生存率の低さ(成虫までの生存率が10%未満)の一因かもしれません。
卵の共食い行動
新生幼虫による卵の捕食
モナーク蝶の幼虫が生まれて最初に食べるのは、自分が孵化した卵殻です。孵化するために卵殻を食べ破り、その後残りの卵殻を食べ尽くします。その後、葉の上を移動し、もし別のモナーク蝶の卵を見つけると、それも食べ始めることが観察されています。
分散産卵戦略との関連
メスのモナーク蝶は通常、1枚の葉に1つだけ卵を産みます。1回の産卵後、別の植物に移動して次の卵を産むまでに数秒から1分程度の時間(「不応期」)を必要とします。この行動は、1枚の葉に複数の卵を産むことを避け、卵を異なるトウワタの株に分散させることで、共食いの可能性を減らすための進化的適応と考えられています。
Lincoln Brower博士(モナーク蝶の専門家)によると、1枚の葉に複数のモナーク蝶の卵が見られる場合、トウワタが不足しているか、産卵したメスが病気や高齢、または長時間飛行していて複数の卵が同時に成熟した可能性があるとしています。
昆虫界における共食いの意義
生存戦略としての共食い
昆虫界では、人間と異なり共食いは比較的一般的な現象です。これは主に生存のためであり、食物資源が不足している場合に特に顕著になります。しかし、オオカバマダラを含む一部の蝶類では、食物が十分にある場合でも共食い行動が観察されています。
毒素獲得のための戦略
特にミルクウィード蝶やトマトを食べる毛虫では、共食いが宿主植物から獲得した毒素(アルカロイドなど)を効率的に摂取するための適応的戦略である可能性が指摘されています。モナーク蝶の幼虫はトウワタから毒性の「カーディアックグリコシド」を摂取し体内に蓄積しますが、共食いによってこれらの化学物質をより効率的に獲得できる可能性があります。
保全への示唆
東部北米のモナーク蝶の個体数は近年大幅に減少しており、保全活動家や研究者は幼虫の飼育を通じて個体数の回復を図っています。しかし、幼虫間の共食い行動は、不適切な飼育環境では大きな問題となる可能性があります。
研究者たちは、モナーク蝶を研究室や野外で飼育する際には、特に餌の量や質が低下した場合、異なる齢期の幼虫が混在する集団では共食いの可能性を制限するよう注意すべきだと指摘しています。
結論
オオカバマダラにおける共食い行動は、単なる栄養摂取以上の複雑な生態学的・進化的意義を持っています。成虫による「kleptopharmacophagy」、幼虫間の共食い、卵の共食いなど、様々な形態で観察されるこれらの行動は、天敵からの防御や繁殖成功率の向上に寄与する適応的戦略として進化してきた可能性があります。
これらの発見は、従来の生態学的関係(捕食・寄生・共生)に当てはまらない新たな生物間相互作用の存在を示唆しており、進化論に新たな視点をもたらしています。今後の研究では、これらの共食い行動がオオカバマダラの個体群動態や生存戦略にどのような影響を与えているかをより詳細に解明することが期待されます。
参考サイト
gigazine.net – 「同種の幼虫の体液を生きたまま吸う」チョウが確認される
https://gigazine.net/news/20210913-milkweed-butterflies-drink-chemical-caterpillars/
Naturally Curious with Mary Holland – Monarch Butterfly Larvae Are Cannabalistic
https://naturallycuriouswithmaryholland.wordpress.com/2019/07/12/monarch-butterfly-larvae-are-cannabalistic/
Gardening Know How – Cannibalistic Caterpillars: Why Caterpillars Eat Each Other
https://www.gardeningknowhow.com/garden-how-to/info/cannibalistic-caterpillars.htm


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