生物濃縮とは、特定の化学物質が食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積され、上位の捕食者ほど高濃度になっていく現象です。普通の物質は体内に入っても代謝によって排出されますが、一部の物質は分解されにくく体内に残り続けます。この現象によって環境中ではごく微量でも、生態系の上位にいる生物の体内では危険なレベルにまで達することがあります。本記事では生物濃縮のメカニズムと代表的な物質、実際の事例を詳しく解説します。
生物濃縮のメカニズムと特徴
生物濃縮は「生体濃縮」とも呼ばれ、特定の物質が生物の体内で排出されずに蓄積されていく現象です。通常、生物は体内に取り込んだ物質を代謝して体外に排出しますが、一部の物質は分解されにくく、体内(特に脂肪組織)に蓄積される特性を持っています。
生物濃縮が起こる主な仕組みは以下の通りです:
- 環境中(水中や土壌)に存在する微量の有害物質が、まずプランクトンなどの小さな生物に取り込まれます
- それらの小さな生物を餌とする魚などが捕食することで、有害物質がさらに高濃度に蓄積されます
- 食物連鎖が進むにつれて、上位の捕食者ほど体内の有害物質濃度が高くなります
たとえば、ある環境で0.02ppmという低濃度で存在していた物質が、食物連鎖の最上位の捕食者では1600ppmという8万倍もの濃度に達した事例も報告されています。
生物濃縮される主な物質
生物濃縮されやすい物質には、以下のような特徴があります:
- 水に溶けにくい(疎水性が高い)
- 脂肪に溶けやすい(脂溶性が高い)
- 生物の体内で分解されにくい
- 排出されにくい
【有機塩素系化合物】
有機塩素系化合物は生物濃縮を起こす代表的な物質グループです。
PCB(ポリ塩化ビフェニル):かつて電気機器の絶縁油などに広く使用されていました。環境中での分解性が極めて低く、生物の体内に長期間蓄積します。硅藻(珪藻)を使った実験では、PCBが約500〜800倍も濃縮されることが確認されています。
DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン):かつて農薬や殺虫剤として世界中で使用されていました。レイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』で生物濃縮による環境問題が指摘され、現在は多くの国で使用が禁止されています。北太平洋のスジイルカでは海水中の濃度と比較して約3700万倍もの濃縮が確認されています。
ダイオキシン類:焼却過程などで非意図的に生成される有害物質で、極めて分解されにくく体内に蓄積されます。
BHC(ベンゼンヘキサクロリド):かつて殺虫剤として使用されていた農薬です。DDTと同様に1970年代に製造が中止されましたが、環境中での残留性が高く問題となっています。
【重金属】
メチル水銀:無機水銀が微生物によって変換されたもので、神経毒性があります。水俣病の原因物質として知られています。
ウラン:放射性物質であるウランも生物濃縮されることが確認されています。微生物の研究では、放線菌(Streptomyces albus)や細菌(Pseudomonas stutzeri)などが高いウラン濃縮能を持つことが報告されています。
鉛・銅・カドミウム:これらの重金属も生物濃縮され、健康被害を引き起こす可能性があります。
【自然毒】
フグ毒(テトロドトキシン):もともとは海の細菌によって生成された毒素が、食物連鎖を通じてフグの体内に濃縮されたものです。
貝毒(サキシトキシン):有毒プランクトンが生成する毒素が、それを捕食する貝類の体内に濃縮されます。
【新たな懸念物質】
マイクロプラスチック:海洋に流出したプラスチックの微小片が、有害物質を吸着する性質を持ち、それを取り込んだ生物の体内で濃縮される可能性が指摘されています。
生物濃縮の具体的事例
【水俣病】
日本における生物濃縮の最も有名な事例は、1950年代に熊本県水俣市で発生した水俣病です。チッソ水俣工場がビニール製造の過程で生じたメチル水銀を含む排水を海に流出させました。
メチル水銀は海の生態系で生物濃縮され、特に魚介類に高濃度で蓄積されました。これらの魚介類を日常的に食べていた地域住民に、四肢末端の感覚障害や聴力障害などの重篤な神経症状が現れました。
水俣病は工業化による環境汚染と生物濃縮のメカニズムが引き起こした悲劇として、環境問題の重要な教訓となっています。
【クリア湖のDDD汚染】
1949年、アメリカのカリフォルニア州クリア湖では、ユスリカなどの昆虫を駆除するためにDDD(DDTの類縁物質)が散布されました。散布されたDDDの濃度はわずか0.02ppmでしたが、数年後に湖の水鳥が大量死する現象が起きました。
調査の結果、プランクトンでは5.3ppm、小型の魚では10ppm、大型の魚では1500ppm、そして水鳥では1600ppmという高濃度のDDDが検出されました。これは、元の濃度の約8万倍にも達する濃縮です。
【海洋生物における汚染】
海洋生態系の頂点に立つクジラ類では、生物濃縮がとくに深刻な影響を及ぼしています。北太平洋西部のスジイルカの体内からは、海水中の濃度と比較してDDTが約3700万倍、PCBが約1300万倍も濃縮されていることが確認されています。
クジラ類は寿命が長く、母親から子への化学物質の移行率も高いため、一度汚染が進むと回復までに非常に長い時間がかかるとされています。
【微生物によるウラン濃縮】
微生物の中には驚異的な金属濃縮能力を持つものがあります。研究によれば、放線菌(Streptomyces albus)や細菌(Pseudomonas stutzeri)などは特に高いウラン濃縮能を示し、イオン交換樹脂に匹敵するかそれ以上のウラン吸着能を持つことが確認されています。
生物濃縮への対策と今後の展望
【国際的な取り組み:POPs条約】
生物濃縮による環境汚染と健康被害を防ぐため、2004年に「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」が発効されました。この条約では、PCBやDDTなどの残留性有機汚染物質の製造中止や使用規制、廃棄物の適正処理などが定められています。
当初50カ国ほどだった加盟国も、2020年には181カ国に増加し、世界規模でのPOPs規制が実施されています。
【生物濃縮の有効活用】
生物濃縮は必ずしも負の側面だけではありません。この性質を利用した環境浄化技術も研究されています:
- バイオレメディエーション:微生物や植物の生物濃縮能力を利用して、汚染された環境から有害物質を除去する技術が開発されています。
- 環境モニタリング:特定の生物における有害物質の濃度を測定することで、環境汚染の状況を効率的に把握する手法が活用されています。
- 資源回収:微生物のウラン濃縮能力を利用して、希少金属の回収や資源化に応用する研究も進められています。
【個人でできる対策】
私たち一人ひとりも、生物濃縮による環境汚染を減らすために行動できることがあります:
- 環境に配慮した製品選び:有害な化学物質を含まない製品を選ぶことで、環境への負荷を減らすことができます。
- ゴミの適切な処理:特にプラスチック製品は適切に分別し、マイクロプラスチックの発生を抑制することが重要です。
- 食品の選択と摂取量:大型の肉食魚(マグロなど)は生物濃縮により有害物質が蓄積している可能性があるため、バランスよく多様な食品を摂取することが推奨されます。
まとめ
生物濃縮は、PCBやDDT、メチル水銀などの特定の物質が食物連鎖を通じて生物の体内に濃縮される現象です。この現象は水俣病などの深刻な健康被害を引き起こしてきましたが、国際的な規制や技術の発展により、対策が進められています。
私たち人間も食物連鎖の頂点に位置する生物として、生物濃縮によるリスクを認識し、環境への配慮を忘れないことが重要です。一人ひとりの意識と行動が、持続可能な環境の保全につながるのです。
【参考サイト】
- ELEMINIST「生物濃縮とは? 意味や仕組み、事例を紹介」https://eleminist.com/article/3589
- WDB「生物濃縮とは|研究用語辞典」https://www.wdb.com/kenq/dictionary/bioconcentration
- Wearth「生物濃縮とは?仕組みや影響についてわかりやすく解説」https://wearth.tokyo/bioconcentration/


コメント