フグの毒として知られるテトロドトキシン(TTX)は、どのようにしてフグの体内に蓄積されるのでしょうか。長年の研究により、フグは自身で毒を生産しているのではなく、食物連鎖を通じて生物濃縮によって毒を獲得していることが明らかになっています。この記事では、フグ毒の生物濃縮メカニズムについて詳しく解説します。
フグ毒テトロドトキシンとは
テトロドトキシン(TTX)は海産性毒物の一種で、フグ毒の主成分として広く知られています。東京帝国大学の田原良純教授によってフグから抽出され、フグの学名(Tetradontidae)と毒(Toxin)を組み合わせてTetrodotoxinと名付けられました。
このTTXは特異な化学構造を持つ低分子の神経毒で、神経膜のナトリウムチャネルを特異的に塞ぐことにより活動電位の伝導を阻害します。その毒性は青酸カリの数百倍以上とされる猛毒で、致死量はわずか1~2ミリグラムと極めて微量です。
生物濃縮によるフグの毒化メカニズム
外因説の確立
フグがどのようにして毒を持つようになるかについては、長い間「内因説」と「外因説」の2つの説が提唱されていました。内因説はフグ自身が毒を生産するというもの、外因説は外部から毒を取り込むというものです。
現在では「外因説」が定説となっています。1981年にトラフグを用いた実験で、フグは自身でTTXを生産しているのではなく、食物連鎖を介して生物濃縮された毒をエサ生物から得ていることが明らかになりました。実験室内で無毒の餌を与えて養殖したフグには毒がなく、TTXを含む餌を与えると毒化することが証明されたのです。
食物連鎖による毒の濃縮過程
TTXの生物濃縮プロセスは以下のような経路をたどります:
- 海洋細菌がTTXを生産する
- 小型プランクトンや底生生物が細菌を摂取
- さらに上位の生物(ヒトデ、小型巻貝、ヒラムシなど)がそれらを食べる
- フグがこれらの有毒餌生物を摂取し、TTXを蓄積する
この食物連鎖を通じて、TTXは生物濃縮されてフグの体内に高濃度に蓄積されます。フグはハゼ、タコ、バイ貝、ほら貝、カニの仲間など、TTXを持つ生物を天然の餌としているのです。
フグの種類による毒の蓄積差
体内での毒の分布
フグが摂取したTTXは体内で特定の部位に蓄積されます。消化管から吸収されたTTXは血液を介して一旦肝臓に移行・保持され、その後一部が皮に移行します。
フグの種類によって毒の蓄積部位や量には違いがありますが、一般的には卵巣、肝臓、皮に高濃度に蓄積されます。一方で、筋肉(可食部)には通常TTXがほとんど蓄積しないため、適切に処理すれば食べることができるのです。
地域差と個体差
フグの毒性には顕著な地域差や個体差が見られます。これは生育環境によってTTXを生産する細菌や有毒餌生物の分布が異なるためです。例えば、瀬戸内海のトラフグは毒が極めて少なく、昔から瀬戸内海沿岸地域ではフグの肝を食べる習慣があったとされています。
また、同じ漁場のフグでも毒の強さには個体差があります。これもフグが自ら毒を作っているのではなく、食物連鎖を通じて外部から摂取していることの証拠となっています。
フグ同士の毒の循環
最近の研究では、フグ同士でもTTXの循環が起きていることが明らかになっています。クサフグの腸からヒガンフグの受精卵が見つかり、無毒のトラフグの稚魚にTTXを含んだ有毒卵を与えると速やかに毒化することが確認されました。
つまり、自然界のフグは他のフグから効率的に毒を摂取している可能性があります。これは食物連鎖のピラミッドの高い位置にいる生物同士で高濃度のTTXのやりとりがされていることを示し、フグが多量のTTXを保有している理由の一つと考えられています。
TTXがフグにもたらす利点
フグがTTXを蓄積する生物学的意義については、主に以下のような説が考えられています:
- 外敵からの防御: フグは皮にTTXの分泌腺または分泌細胞を持ち、外敵に遭遇すると膨らんで威嚇するとともに、皮からTTXを放出します。一般の魚は味覚器官でごく低レベルのTTXを感知できるため、フグを「不味いもの」として認識し、捕食を避けます。
- 行動生態への影響: 最近の研究では、TTXがフグの行動生態に影響を与えている可能性が示唆されています。TTXは血液脳関門を通過して脳に到達し、中枢神経系における情報伝達の制御に関与していると考えられています。
- 子孫の保護: クサフグの卵や稚魚はTTXを持っており、他の魚が捕食しても直ぐに吐き出すことが確認されています。これは卵や稚魚を守るための戦略と考えられます。
養殖フグの無毒化
フグの毒化が食物連鎖による生物濃縮であるという理解から、「囲い養殖法」が開発されました。これは有毒餌生物を遮断した状態で無毒の餌を与えて飼育する方法で、この方法で養殖されたフグからは毒性が検出されません。
日本の主要なフグ養殖地である長崎、佐賀、熊本、鹿児島、愛媛、和歌山、静岡の7県から囲い養殖されたトラフグ約5,000個体を調査した結果、いずれの個体からも毒性は検出されませんでした。これにより、フグの毒化が餌生物由来であることが実証されるとともに、囲い養殖により肝も無毒のフグが生産可能であることが示されています。
まとめ
フグ毒テトロドトキシン(TTX)は、フグ自身が生産するのではなく、海洋細菌を起源とし食物連鎖を通じて生物濃縮されたものをフグが蓄積していることが明らかになっています。この理解は、養殖フグの無毒化技術の開発や、フグを安全に食べるための処理方法の確立に貢献しています。
また、フグがTTXを持つことには、外敵からの防御や子孫の保護など、生態学的に重要な意味があることも分かってきました。さらに、フグ同士でのTTX循環という新たな知見も報告されており、生物濃縮のメカニズムはさらに複雑であることが示唆されています。
フグの毒と生物濃縮の関係は、生態系における物質循環の一例として、また食の安全と文化の両立という観点からも、今後さらなる研究が期待される分野です。
参考情報
・海響館 フグ毒の秘密 https://www.kaikyokan.com/pdf/fugu_poison.pdf
・Chem-Station テトロドトキシン Tetrodotoxin https://www.chem-station.com/molecule/2007/09/tetrodotoxinttx.html
・日本経済新聞 フグはどうやって毒を作るの? なぜ毒をもってるの? https://www.nikkei.com/article/DGXBZO19647380Z01C10A2000000/


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