日本の食文化を変えた回転寿司チェーンの誕生と発展

歴史

回転寿司は今や日本の食文化として世界中に広がり、多くの人々に愛されています。カラフルな皿に乗った寿司がベルトコンベアで回る光景は、日本の飲食業界の革命とも言えるでしょう。では、この革新的なシステムはいつ、どのように生まれ、最初のチェーン店はどこだったのでしょうか。回転寿司の歴史を紐解きながら、その発展の軌跡をたどってみましょう。

回転寿司の誕生 ─ アイデアから実現まで

回転寿司の歴史は、戦後間もない1948年にさかのぼります。大阪で立ち食い寿司店を営んでいた白石義明さんが、ビール工場のベルトコンベアを見て「寿司を回転させれば運ぶ手間がかからない!」というアイデアを思いついたのです。

しかし、このアイデアを実現させるには多くの困難がありました。特に寿司がカーブを曲がる際に止まってしまうという問題に悩まされました。白石さんは試行錯誤を重ね、ついに名刺が扇形に並んでいる様子からヒントを得て、コーナーを扇形にする「三日月型鉄板」を完成させました。

10年の歳月をかけ、1957年に「コンベア旋回式食事台」の試作機が完成。そして1958年4月、ついに日本初、世界初の回転寿司店「廻る元禄寿司 1号店」が大阪府東大阪市の近鉄布施駅前にオープンしました。

当時、寿司は特別な日に食べる高級料理でしたが、白石さんは周辺の工場で働く若い労働者や学生たちに気軽に食べてもらえるよう、価格を明示し、他店より3割ほど安く提供しました。この革新的なシステムと手頃な価格設定で、店は連日大盛況となりました。

元禄寿司 ─ 回転寿司の元祖としての道のり

「廻る元禄寿司」の成功後、白石義明さんは「コンベア旋回式食事台」の特許を取得しました。さらに「回転」「廻る」「まわる」などの用語も商標登録したため、この時期は回転寿司といえば「元禄寿司」しかありませんでした。

元禄寿司が全国的に名を知られるきっかけとなったのは、1970年の大阪万博への出店でした。モノレールの西口駅前という絶好の立地に出店した元禄寿司は、連日大行列ができる人気店となりました。当時は忙しさのあまり、握りのセット(300円)を寿司桶に入れてレーンに流すほどだったといいます。

この万博では、元禄寿司以外にもケンタッキーフライドチキンやファミリーレストランなど、新しいスタイルの外食産業が登場し、「外食産業元年」と呼ばれる歴史的な出来事となりました。

最初の回転寿司チェーン展開

回転寿司がチェーン店として発展していく過程では、元禄寿司が重要な役割を果たしました。白石さんは特許を持っていたため、1978年まで回転寿司の開業は元禄寿司のフランチャイズ店しか認められていませんでした。

最初の本格的なチェーン展開は以下のように進みました:

  • 1968年:宮城県仙台市に元禄寿司のフランチャイズ1号店がオープン(東日本初の回転寿司店)
  • 同年12月:現在の「元気寿司」が元禄寿司のフランチャイズ店として開業
  • 1970年代:元禄寿司は約200店舗までフランチャイズ展開

興味深いのは、東京ではなく仙台市に東日本初の回転寿司店が開業したことです。この店舗を運営していたのは江川金鐘さんで、彼も独自に回転寿司のシステムを考案していましたが、すでに特許を取得されていたため、販売契約という形をとることになりました。

特許失効後の回転寿司ブーム

1978年、白石義明さんの「コンベア旋回式食事台」の特許が失効すると、回転寿司業界は大きく変わります。特許が切れたことで多くの企業が参入し、回転寿司店が爆発的に増加しました。

この時期に登場した主な回転寿司チェーンは以下の通りです:

  • 1979年:「かっぱ寿司」が長野市に1号店をオープン
  • 1984年:「すし太郎」(現在のスシロー)が大阪府豊中市に出店
  • 同年:「回転寿司くら」(現在のくら寿司)が登場
  • 同年:「丸忠」が愛知県豊田市に1号店をオープン

また、元禄寿司をフランチャイズしていた企業も次々と独立し、新たなブランドを立ち上げました:

  • 「元気寿司」:元禄寿司のフランチャイズから独立し、1990年3月に社名変更
  • 「平禄寿司」:元禄寿司系列から独立
  • 「にぎり長次郎」:元アトムボーイ系列から発展

進化する回転寿司 ─ 技術革新とサービスの多様化

回転寿司は時代とともに進化してきました。店舗数の爆発的な増加に伴い、寿司職人が不足する事態が発生。各社は「寿司ロボット」を導入するなど、自動化を推進してこの問題に対処しました。

2000年代に入ると、さらなる技術革新が進みました:

  • 2001年2月:くら寿司がタッチパネル式注文システム「タッチでポン」を導入
  • 2005年:かっぱ寿司もタッチパネルを導入
  • 2012年7月:元気寿司が寿司が回らないフルオーダー型の店舗をオープン

また、提供方法も多様化し、「三貫盛り」や多種類のネタを一皿に盛り合わせた「多貫盛り」が登場。現在では、コロナ禍や「醤油ペロペロ事件」の影響もあり、レーンに寿司を流さない「フルオーダーシステム」が主流になりつつあります。

回転寿司市場の現在と各チェーンの特徴

特許が切れてから約45年が経過した現在、回転寿司は5000億円産業に成長しました。主要チェーンのそれぞれに特徴があり、激しい競争を繰り広げています。

元禄寿司は現在、大阪を中心に10店舗程度のチェーン店となっていますが、今も昔ながらの職人スタイルの回転寿司形態で営業しており、「回転寿司の父」とも言える存在です。全皿130円均一の価格設定ながら、ネタの鮮度、シャリともに素晴らしいクオリティを保っています。

一方、大手チェーンの売上規模は以下のようになっています:

  • スシロー:売上高2,059億円(2023年9月期)
  • かっぱ寿司:売上高704億円(2023年3月期)
  • 元気寿司:売上高546億円(2023年3月期)

日本の食文化革命から世界へ

回転寿司は20世紀に日本で誕生し、今や世界へと広がっている日本の食文化の一つです。当初は人手不足解消のために考案されたシステムでしたが、今では寿司という日本の伝統食を気軽に楽しめる場として、多くの人々に親しまれています。

ビール工場のベルトコンベアからヒントを得た白石義明さんのアイデアは、東大阪のものづくりの技術によって形になり、大阪万博を通じて全国に広がりました。そして今では、世界中の人々が回転寿司を楽しんでいます。

回転寿司の歴史は、一人の起業家のアイデアと情熱が、日本の食文化を大きく変えた物語であり、今もなお進化し続けているのです。


参考サイト:
元祖廻る元禄寿司 ホームページ http://www.mawaru-genrokuzusi.co.jp/history/
同志社女子大学 回転寿司の栄枯盛衰 https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_column/17496

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