「論理的に考えて、それが最善だから実行した。なのにうまくいかない」「努力が足りないのか、さらに追い込んでみたけど、むしろ状況が悪化した」――こうした経験は、働き盛りの40代に特に多く聞かれます。論理と努力という武器を磨き続けてきたのに、ある時期から急に手応えを感じなくなる。何かが足りない、あるいは何かが間違っている、でも何が、とは言えない――そんな感覚です。
藤井義彦氏と小山克明氏の共著『自分を超えていく力』の終章で展開される「宇宙の法則・自然の理法との共鳴」というテーマは、ビジネス書の文脈で目にすると戸惑いを感じる方もいるかもしれません。しかし著者たちがここで指摘しているのは、スピリチュアルな神秘論ではありません。東洋哲学や自然界の原理から導かれた、極めて実践的な「力の使い方」のパラダイムシフトなのです。
「力む」のをやめた時、初めて本当の力が出るとはどういうことか。この問いへの答えが、本書の最も深い層に埋蔵されています。
「エゴの暴走」が自然の流れを乱す
著者が「エゴ」と呼ぶのは、私たちが普段「自分」と思い込んでいる、欲望・執着・恐れ・見栄・他者への優越感などから成る自己イメージのことです。日本語で言えば「我(が)」に近い概念です。
エゴは本来、生存と行動のために必要な精神的機能ですが、これが肥大化し暴走し始めると、思考と行動が歪んできます。「絶対に失敗できない(恐れ)」「他の誰かよりも評価されたい(比較と優越欲)」「この成功は自分の力だけで掴み取った(支配と所有欲)」――こうしたエゴ主導の思考は、自然な状態での最高のパフォーマンスを妨げます。
執着が強いほど、かえって結果は遠のく
スポーツの世界には「イップス」という現象があります。本来は自然にできていた動作が、意識しすぎることで突然できなくなる現象です。プロゴルファーが「このパットを絶対に決めなければならない」と強く意識しすぎた瞬間に体が固まる、あの状態です。ビジネスにおいても同様のメカニズムが働きます。「絶対にこの交渉を成功させなければ」と強く執着しすぎた時、相手の真意を読む感覚が鈍り、自然な対話の流れが失われます。エゴの力みが、直感と感受性というより繊細な能力をブロックするのです。
自然界が示す「力みのない豊かさ」
著者が参照する東洋哲学的な原理、特に老荘思想における「無為自然(むいしぜん)」の概念は、ここに深く連動しています。無為とは「何もしない」ではなく、「自然の流れに逆らわず、最小の力で最大の効果を生む」という在り方のことです。
川の流れを思い浮かべてください。流れに逆らって泳ぐと、膨大なエネルギーを消費しながらも、ほとんど前に進めません。一方で、流れの方向を読んで、それに乗るように体を任せると、驚くほど少ない力で遠くまで到達できます。これが「自然の理法との共鳴」の基本原理です。
竹は台風が来た時、強い幹を張って風に抗うのではなく、しなやかに揺れて風のエネルギーを受け流します。それによって根ごと倒れることなく、嵐の後にまっすぐ立ち続けます。「しなやかに揺れる」という一見すると弱く見える在り方が、実は最も強靭な生存戦略なのです。
IT管理職が「自然の流れに乗る」とはどういうことか
「自然の流れに乗る」という概念を、具体的なビジネスシーンに落とし込むとどうなるでしょうか。
プレゼンの例で考えてみましょう。エゴ主導のプレゼンは「自分のアイデアの正しさを証明し、相手に認めさせる」という力みの中で行われます。一方、自然の流れに乗ったプレゼンは「相手が今何を必要としているかを感じ取り、自分の提案がその必要性に応えられることを見せる」という在り方です。前者は「説得」、後者は「共鳴」です。どちらが相手の心を動かしやすいかは、明らかではないでしょうか。
部下育成でも同じ原理が働きます。「部下をこうしなければならない」という強い意図でマネジメントするほど、部下は抵抗するか、依存するかのどちらかになります。「この部下が本来持っている強みが最も発揮されるにはどんな環境か」を感じ取り、その環境を整えるという在り方の方が、結果として部下は自走します。強く引っ張るのではなく、適切に支えながら「流れを作る」のです。
エゴを手放すことは、自己否定ではない
誤解を避けるために明確にしておきたいのは、著者が求めているのは「エゴの完全な消滅」ではないという点です。それは非現実的ですし、望ましくもありません。エゴは推進力の源でもあります。
著者が求めているのは、エゴが「主人(主語)」の座から降り、「道具(手段)」の位置に収まること。「自分の欲望を満たすために他者や状況を動かす」のではなく、「より大きな目的(他者への貢献、組織の発展、社会への価値提供)を実現するためにエゴの推進力を活用する」という構造の転換です。
大きな目的に同期した時、不思議なほど援助が集まる
著者が観察してきたトップリーダーたちの共通点の一つが、「個人の欲望を超えた大きな大義を持っている」ことです。そしてその大義に純粋に取り組んでいる人には、不思議なほど優秀な人材が集まり、思わぬ縁やチャンスがやってくるというのです。これは偶然でも神秘でもなく、「大義に共鳴したエネルギーが集まる」という、人間社会にも作用する自然の原理です。
個人のエゴを超えた大義を掲げた時、あなたの仕事は単なる「業務」から「使命」へと変わります。その変化が内側で起きた時、外側の現実も静かに、しかし確実に動き始めるのです。
記事の要約
書誌情報
藤井義彦・小山克明著『自分を超えていく力 どのように「理想の自分像」を築くか』のNR書評猫レビュー記事(NR2431)。
本書の核心
東洋哲学の無為自然の概念をビジネスに応用し、エゴの肥大化と結果への執着がパフォーマンスを妨げるメカニズムを解説。エゴを「主人」の位置から「道具」の位置に降ろし、大きな大義に自己を同期させることで自然の流れに乗り、より大きな成果と縁が集まるという逆説的な成功原理を提示する。
本書評の概要
スポーツの「イップス」を例に「執着が強いほど結果は遠のく」メカニズムを解説。川の流れと竹のしなやかさという自然の比喩を用いて「力みのない豊かさ」を説明。IT管理職のプレゼンと部下育成を「説得から共鳴へ」「引っ張るから流れを作る」という構造転換で具体化し、大義に共鳴したエネルギーが集まるという自然の原理で結論づける。
NR書評猫2431_藤井義彦・小山克明_自分を超えていく力

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