なぜ忙しいのに何も覚えていないのか〜一川誠『ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから』が解き明かす虚無感の正体

先週、何をしていましたか?そう聞かれて、具体的に思い出せますか?会議があった、資料を作った、メールを返した。そういった漠然とした記憶はあるけれど、具体的に何を話し、どんな気持ちだったのかは思い出せない。そんな経験はありませんか?

私は40代のIT企業管理職として、毎日朝から晩まで働いています。スケジュール帳は予定でびっしり埋まり、一日中何かに追われている感覚があります。確かに忙しく働いているはずなのに、一週間を振り返ると「具体的に何をしていたか思い出せない」という不思議な感覚に襲われるのです。

千葉大学大学院教授で実験心理学者の一川誠さんによる『ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから』は、この虚無感の正体を科学的に解き明かしてくれます。本書が教えてくれるのは、予定を詰め込めば詰め込むほど、記憶が残らなくなるという認知科学の真実。そして、その虚無感から抜け出すための具体的な方法なのです。

ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから
「人生には限りがある」――この事実を、あなたはどれほど実感しているでしょうか?日々の忙しさに追われ、「そのうち会おう」「いつかやろう」と先延ばしにしていることはありませんか。実はそれが、あなたの幸せや充実感を奪っているとしたら、どうしますか...

ある月曜日の朝、私が抱いた違和感

月曜日の朝、いつものようにオフィスに向かう電車の中でのことでした。先週一週間、確かに忙しく働いていたはずなのに、具体的に何をしていたのか思い出せないことに気づいたのです。

手帳を見返してみました。月曜日は部署会議、火曜日は顧客プレゼン、水曜日はプロジェクト進捗会議、木曜日は人事面談、金曜日は経営会議。確かに予定は詰まっていました。でも、それぞれの会議で何を話したのか、どんな決定がなされたのか、ほとんど思い出せないのです。

家に帰ってからも同じでした。子どもと何を話したか、妻とどんな会話をしたか、曖昧な記憶しかありません。テレビを見ていたような気もするし、スマートフォンをいじっていたような気もする。でも、何を見ていたのかは覚えていません。

この虚無感は何なのか。私は本当に一週間を生きていたのだろうか。そんな不安さえ感じるようになっていました。

一川さんの本を読んで、この虚無感の原因が明確になりました。それは、人間の記憶システムにおける「分節化」というプロセスが破壊されていたからだったのです。

記憶の分節化とは何か

人間の脳には、体験を記憶として定着させるための重要なメカニズムがあります。それが「分節化」と呼ばれるプロセスです。

分節化とは、体験に明確な「区切り」をつけることです。出来事の始まりと終わりをはっきりと認識することで、脳はその体験を一つの具体的なエピソードとして処理し、保存します。

たとえば、友人との食事を思い出してください。レストランに入った瞬間、メニューを選んだ時、料理が運ばれてきた時、会話が盛り上がった瞬間、お店を出た時。こうした一つ一つの場面が区切られているからこそ、私たちはその体験を具体的なエピソードとして記憶できるのです。

一川さんは、この分節化のプロセスが現代人の生活において深刻に損なわれていると指摘します。なぜなら、私たちは予定を隙間なく詰め込み、一つの体験が終わる前に次の体験を始めてしまうからです。

会議が終わった瞬間に次の会議が始まり、仕事が終わったらすぐに家事をこなし、食事をしながらスマートフォンをチェックする。こうした連続的な活動によって、体験の「区切り」が失われてしまうのです。

詰め込みが破壊するもの

私のスケジュール帳を見直してみると、まさにこの状態でした。

9時から10時まで部署会議、10時から11時まで個別ミーティング、11時から12時まで資料作成、12時から13時までランチミーティング、13時から14時まで顧客対応、14時から15時まで進捗確認。休憩時間はゼロです。

一つの会議が終わった瞬間に、次の会議の資料を慌てて確認し、会議室に駆け込む。終わったらまた次の予定へ。このサイクルを一日中繰り返していました。

一川さんの説明によれば、このような詰め込み型のスケジュールでは、体験が分節化されません。すべての活動がひとまとめの漠然とした塊として認識されてしまい、個々の具体的なエピソードが記憶に残らないのです。

さらに深刻なのは、この状態が慢性化すると、人生そのものが「ぼんやりとした塊」として感じられるようになることです。一年を振り返っても、何をしていたのか思い出せない。充実していたという実感も湧かない。ただ忙しかっただけ。

これこそが、現代人が抱える深刻な虚無感の正体なのです。

虚無感が生まれるメカニズム

一川さんは、この虚無感が生まれるメカニズムを科学的に解説しています。

人間の記憶には、短期記憶と長期記憶があります。分節化されない連続的な情報は、短期記憶として処理されるものの、長期記憶としては定着しません。

たとえば、電車の中で見たニュースの見出しを思い出してください。その瞬間は認識していても、数時間後にはほとんど覚えていないはずです。これは、その情報が分節化されず、長期記憶として定着しなかったからです。

同じことが、私たちの日常生活全体に起きているのです。会議の内容も、部下との会話も、家族との時間も、すべてが分節化されないまま流れ去っていきます。その結果、長期記憶として残らず、後から振り返っても何も思い出せないという状態になるのです。

さらに問題なのは、この状態が幸福度に直結することです。心理学の研究によれば、人間の幸福感は、過去の記憶の蓄積によって大きく左右されます。充実した記憶が多ければ多いほど、人生に対する満足度が高くなるのです。

ところが、分節化が破壊された生活では、記憶が蓄積されません。結果として、いくら忙しく働いていても、充実感や幸福感を得られないという皮肉な状況に陥ってしまうのです。

私が体験した変化の瞬間

この事実を知って、私は自分のスケジュールを根本的に見直すことにしました。

まず実践したのは、予定と予定の間に「余白」を作ることです。会議が10時に終わるなら、次の予定は11時から。その1時間は、何もスケジュールを入れません。

最初は不安でした。この1時間、何をすればいいのか。生産性が下がるのではないか。そんな懸念がありました。

しかし、実際にやってみると、驚くべきことが起こりました。会議が終わった後の1時間で、私はその会議の内容を振り返ることができたのです。誰が何を言っていたか、どんな決定がなされたか、自分はどう感じたか。そういったことを、ゆっくりと思い返す時間が持てました。

この「振り返りの時間」こそが、分節化のプロセスだったのです。体験に明確な終わりを与え、記憶として定着させる。このシンプルな行為が、記憶の質を劇的に変えたのです。

一週間後、私は驚きました。その週に何をしていたか、具体的に思い出せたのです。月曜日の部署会議では新規プロジェクトについて議論し、田中さんが面白いアイデアを出していた。火曜日の顧客プレゼンでは質疑応答が盛り上がり、手応えを感じた。そういった具体的なエピソードが、鮮明に記憶に残っていました。

仕事での実践:会議の質が変わった

スケジュールに余白を作ることは、仕事の質そのものを変えました。

以前の私は、会議が終わるとすぐに次の予定に向かっていました。会議で決まったことは議事録に残すものの、自分自身がその内容を深く理解しているわけではありませんでした。

今は違います。会議が終わった後の余白の時間で、必ず5分間だけメモを取ることにしています。会議の要点、重要な決定事項、自分が感じたことを書き出すのです。

この5分間の振り返りが、会議の内容を長期記憶として定着させます。そして驚くべきことに、この習慣を始めてから、会議での発言の質が上がったのです。

なぜなら、過去の会議の内容をきちんと覚えているからです。前回の議論を踏まえた発言ができるようになり、議論の連続性が生まれました。部下からも「最近、会議の進行がスムーズですね」と言われるようになりました。

また、部下との1対1の面談でも、余白を意識するようにしています。面談が終わった後、必ず10分間の振り返り時間を設けます。その部下は何に悩んでいたか、どんな表情をしていたか、自分は適切なアドバイスができたか。そういったことを思い返すのです。

この習慣によって、部下一人一人の状況を具体的に記憶できるようになりました。次の面談では、前回の内容を踏まえた会話ができます。部下も「ちゃんと覚えていてくれるんですね」と驚き、信頼関係が深まっていくのを感じました。

家庭での実践:家族の記憶が蘇る

余白の効果は、家庭生活でも顕著でした。

以前の私は、仕事が終わって帰宅すると、すぐに夕食の準備や子どもの宿題チェックに取りかかっていました。夕食を食べながらテレビを見て、お風呂に入って、すぐに就寝。一つ一つの活動が連続していて、区切りがありませんでした。

今は、帰宅してから夕食まで、あえて30分の「何もしない時間」を作っています。ソファに座って、ただぼんやりとする。その日の出来事を思い返す。それだけです。

この時間が、一日の体験を分節化してくれます。仕事での出来事に区切りをつけ、家庭での時間を新しい体験として始めることができるのです。

子どもとの関わり方も変わりました。以前は、子どもと遊びながらスマートフォンをチェックしたり、話を聞きながら家事をしたりしていました。常に複数のことを並行してこなす状態でした。

今は、子どもと遊ぶ時は遊ぶことだけに集中します。話を聞く時は、手を止めて目を見て聞きます。一つの活動に明確な始まりと終わりを作るのです。

結果として、子どもとの時間の記憶が驚くほど鮮明になりました。昨日、息子が学校であった面白い話を聞かせてくれた。その時の表情、声のトーン、話の内容。すべてが具体的に思い出せます。

妻も変化に気づいています。「最近、ちゃんと話を聞いてくれるようになったね」と言われました。以前は、妻が話しかけても上の空で聞いていたのでしょう。今は、会話に集中し、その体験を記憶に刻むことができています。

週末の過ごし方が変わった理由

週末の過ごし方も、大きく変わりました。

以前は、週末もスケジュールを詰め込んでいました。午前中は子どもをサッカー教室に送り、その間に買い物を済ませ、午後は家族で遊園地へ行き、夜は実家に寄って帰宅。確かに充実しているように見えます。

しかし、月曜日になって振り返ると、何をしていたか思い出せないのです。遊園地に行ったことは覚えていても、どのアトラクションに乗ったか、子どもがどんな反応をしていたか、具体的な記憶がありません。

今は、週末の予定を意図的に減らしています。午前中は家族でゆっくり朝食を食べ、午後は近所の公園で遊ぶだけ。派手なイベントはありません。

でも、不思議なことに、この「何もしない週末」のほうが、記憶に残るのです。公園で子どもが見つけた虫、妻と話した他愛のない会話、青空の下でのんびり過ごした時間。そういった何気ない瞬間が、具体的なエピソードとして心に刻まれています。

一川さんの研究は、この現象を裏付けています。派手なイベントよりも、分節化された日常の体験のほうが、長期記憶として定着しやすいのです。

虚無感から充実感へ

余白を作り、体験を分節化するようになってから、私の人生に対する実感が大きく変わりました。

以前は、一年が終わる時に「今年は何をしていたんだろう」という虚無感を抱いていました。確かに忙しく働き、色々なことをしていたはずなのに、具体的な記憶がない。充実していたという実感も湧かない。そんな状態でした。

今は違います。一週間を振り返っても、具体的な出来事が思い出せます。部下との会話、家族との時間、週末の過ごし方。一つ一つのエピソードが、鮮明な記憶として残っています。

そして何より、「生きている」という実感が強くなりました。記憶に残る体験を重ねることで、人生の密度が濃くなったように感じるのです。

一川さんが指摘する通り、幸福度は記憶の蓄積によって決まります。いくら忙しく活動していても、それが記憶に残らなければ、幸福感は生まれません。逆に、ゆっくりとした時間であっても、それが分節化され、記憶として定着すれば、人生の満足度は高まるのです。

分節化を意識した新しい習慣

今の私は、日常生活のあらゆる場面で分節化を意識しています。

朝起きた時、5分間だけベッドの中で今日の予定を思い描きます。これが一日の始まりという明確な区切りになります。

通勤電車の中では、スマートフォンを見るのをやめました。代わりに、昨日の出来事を振り返る時間にしています。これが前日と今日の区切りになります。

仕事中も、タスクとタスクの間に必ず5分の休憩を入れます。コーヒーを飲みながら、今終わった仕事を振り返る。これが各タスクの区切りになります。

帰宅してからも、玄関で靴を脱ぐ瞬間に深呼吸をします。これが仕事と家庭の区切りです。

就寝前には、10分間だけ日記を書きます。今日あった出来事を3つ書き出すだけ。これが一日の終わりという明確な区切りになります。

これらの習慣は、どれも小さなものです。でも、この小さな区切りの積み重ねが、体験を分節化し、記憶として定着させてくれるのです。

部下にも伝えたい分節化の重要性

最近、若い部下から相談を受けました。「毎日忙しく働いているのに、充実感がないんです」と。

私は、一川さんの本を薦めました。そして、スケジュールに余白を作ることの重要性を説明しました。予定を詰め込みすぎると、記憶が残らない。結果として、虚無感を抱くことになる、と。

その部下は、早速実践してくれました。会議と会議の間に余白を作り、一つ一つの体験を振り返る時間を持つようにしたそうです。

一か月後、その部下が報告してくれました。「最近、仕事が楽しくなりました。何をしているか覚えているし、成長している実感があります」と。

分節化という認知科学の知見が、若手社員の働き方も変えていく。そのことを実感した瞬間でした。

記憶に残る人生を生きるために

一川誠さんの『ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから』が教えてくれるのは、虚無感の正体とその解決策です。

私たちが抱える「忙しいのに何も覚えていない」という感覚は、決して気のせいではありません。それは、体験の分節化が破壊されているという、科学的に説明できる現象なのです。

予定を詰め込み、休む間もなく活動し続ける。そうした生活は、一見すると生産的に見えます。でも実際には、記憶を形成する機会を奪い、人生の充実感を損なっているのです。

解決策はシンプルです。スケジュールに余白を作る。体験と体験の間に区切りを設ける。一つ一つの出来事を振り返る時間を持つ。これだけで、記憶の質が劇的に変わります。

そして、記憶が蓄積されることで、人生に対する満足度が高まります。充実感が生まれます。「生きている」という実感が強くなります。

あなたも、先週一週間を振り返ってみてください。具体的に何をしていたか、思い出せますか?もし思い出せないなら、それは分節化が破壊されているサインかもしれません。

この本を読んで、余白を作ることから始めてみてください。きっと、人生の見え方が変わるはずです。

ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから
「人生には限りがある」――この事実を、あなたはどれほど実感しているでしょうか?日々の忙しさに追われ、「そのうち会おう」「いつかやろう」と先延ばしにしていることはありませんか。実はそれが、あなたの幸せや充実感を奪っているとしたら、どうしますか...

NR書評猫1137 一川誠 ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから

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