「ロシアのウクライナ侵攻は、狂った独裁者の暴走だ」――そう思いながら、同時に「なぜ止められないのか」という問いに答えられない自分に気づいたことはありませんか。昇進して管理職になり、部下を率いる立場になると、組織や世界の動きを「読む力」が求められます。プレゼンで経営層を説得するにも、一件一件のニュースを追うだけでは太刀打ちできない。断片的な情報の背後にある「構造」を見抜く眼が、今のあなたには必要なのです。
国際ジャーナリストの川北省吾が書いた『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』は、その眼を鍛えるための一冊です。プーチン、習近平、トランプ――一見バラバラに見えるこれら強権的指導者の行動を、「レコンキスタ(失地回復)」という単一の鍵概念で読み解いた本書は、複雑な世界を一気に見通す視点を提供してくれます。ニュースを「事件」として消費するのではなく、「歴史の必然」として理解する力は、部下への説明力にも、上司へのプレゼン力にも、家族との対話力にも、直結しています。
本書が示す「レコンキスタという補助線」は、一度手に入れれば、あなたの思考の地平を根本から変える道具になるはずです。まずその鍵概念を解剖するところから始めましょう。
「レコンキスタ」とは何か――歴史から借りた、鮮烈な比喩
「レコンキスタ」はもともと、8世紀から15世紀にかけて、イベリア半島のキリスト教国がイスラム勢力に奪われた土地を取り戻した歴史的運動を指します。「失ったものを回収する」という執念の歴史です。
川北氏はこの言葉を現代の地政学に大胆に転用しました。プーチンはソ連崩壊で失ったもの、習近平はアヘン戦争以来の「百年国恥」で失ったもの、トランプは「偉大なアメリカ」が失ったとされる製造業の繁栄――それぞれが「かつて持っていたものを取り戻す」という強烈な動機に突き動かされているという読み方です。
失地回復の言葉が、現代の地政学を一気に照射する
この補助線が優れているのは、各指導者の「合理性」を前提としていることです。プーチンを「狂人」と呼ぶことは簡単ですが、それでは何も説明できません。本書は問います――ソ連崩壊という地政学的カタストロフを経験し、「西側に嘲笑されたロシア」を内側から見ていた人物にとって、ウクライナを勢力圏に戻すことは「正気の選択」に見えるのではないか、と。
ウクライナ侵攻を「大戦略の実行」として読む
2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻。国際社会は衝撃を受け、多くのメディアは「予測不能な暴力」として報道しました。しかし川北氏の視点は、根本的に異なります。
本書の核心にある主張のひとつは、ウクライナ侵攻を「ソ連崩壊で失われた小帝国を再構築しようとする大戦略の実行」として位置づけることです。プーチンは2005年にソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と呼んでいます。ソ連が崩壊し、ウクライナ、ベラルーシ、バルト諸国が次々と西側に向かっていく過程を、プーチンは「失地」の拡大として体験してきました。
彼にとって、ウクライナの西洋化とNATO接近は、レコンキスタを完成させなければならない切迫した脅威として映ったはずです。これは西側の規範とは決定的に相容れないものですが、「プーチンの歴史観の中の論理」としては一貫しています。
管理職として、この視点は重要な示唆を持っています。組織内の「理解しがたい行動」をする人物がいるとき、その行動を「おかしい」と切り捨てるのではなく、「その人物の歴史観・損失経験の中では何が合理的に見えているか」を問う姿勢です。部下の予期せぬ反発も、その人が「何を失ってきたと感じているか」を知ると、突破口が見えることがあります。
「補助線」が情報の見え方を変える
ニュースを追う上で、補助線(フレームワーク)の有無は決定的な差をもたらします。
補助線なしでニュースを見ると、「今日のウクライナ情勢」「今日の米中対立」「今日の中東情勢」がバラバラな事件として積み上がっていきます。情報量は増えても、理解は深まりません。
一方、「レコンキスタ」という補助線を持って同じニュースを見ると、すべてがつながります。プーチンが停戦交渉で頑として譲らないのはなぜか――失地回復が未完だから。習近平が台湾に対して強硬姿勢を崩さないのはなぜか――百年の屈辱の回復が、彼の歴史的使命だから。補助線は、情報を意味ある「物語」に変換する道具なのです。
一本の補助線が、世界の読み方を根本から変える
この「補助線思考」は、プレゼンにも応用できます。経営層に提案を通したいとき、単に「この施策の利点は三点あります」と列挙しても説得力は限られます。相手が「自社の何を失いたくないのか」「何を取り戻したいのか」を把握し、その文脈で提案を位置づけると、一気に響きます。レコンキスタは、相手の「痛点の歴史」を読む技術とも言えます。
著者が実践した、三年間・八十回のインタビューという方法
川北氏が本書を書けた背景には、「大型連載の膨大なアーカイブ」があります。2022年から3年以上にわたり、共同通信を通じて加盟新聞社二十五紙に配信した連載「レコンキスタの時代」(全八十回)です。
この地道な積み上げは、重要なことを示しています。「補助線」は一夜にして生まれるものではない、ということです。川北氏は何百時間もの取材と思索を経て、「レコンキスタ」という鍵概念に辿り着きました。それは事後の整理ではなく、継続的な観察の中から浮かび上がってきたものです。
同じ原理が、職場での「判断力」にも当てはまります。部下が何に不満を持っているか、顧客が何に価値を感じているか――そうした「補助線」は、一度の面談や一度の会議では得られません。日常の積み重ねの中で少しずつ解像度が上がっていくものです。
「敵を理解すること」と「敵に同意すること」の違い
ここで一点、重要な留意を付け加えます。「プーチンの論理を理解する」ことは、「プーチンの行動を正当化する」ことではありません。本書もこの点を明確にしています。
「彼らなりの歴史観に基づいた合理性を持っている」という分析は、その行動が倫理的に正しいという主張ではありません。むしろ、なぜ外側から批判するだけでは止められないのかを理解し、どうすれば実効的に対処できるかを考えるための出発点です。
これは管理職にとっても根本的な知恵です。部下の問題行動を、「理解しようとすること」と「容認すること」は別です。相手の論理を深く理解するからこそ、的確に、かつ相手の尊厳を傷つけずに方向修正できます。「相手の世界観に入る」技術は、最終的に組織を動かす力に直結します。
「レコンキスタの時代」は、あなたの組織でも起きている
最後に、あなた自身のフィールドに引き戻しましょう。「レコンキスタ」は、地政学だけの話ではありません。
職場でベテラン社員が「昔はもっとこうだった」と抵抗を示すとき、その背後には、かつて自分が得意としていたスキルや地位が「失われた」という感覚があるかもしれません。家族の中で誰かが頑として譲らないとき、その人は「かつてあった何か」を取り戻そうとしているかもしれません。
「なぜあの人はあんな行動をするのか」という問いに対して、「あの人は何を失い、何を回収しようとしているのか」と問い直す――このレコンキスタ的思考法は、人間の動機の根本に触れる視点です。
川北省吾の『新書 世界現代史』は、混沌とした世界を読む「補助線」を提供するだけでなく、人間の行動原理そのものへの洞察を手渡してくれる一冊です。国際情勢の教養として読むことはもちろん、部下との関係、上司へのプレゼン、家族との対話にまで使える思考ツールとして、手元に置いておくことをお勧めします。まず一章だけ読んでみてください――きっと、ニュースの見え方が変わります。
記事の要約
書誌情報
川北省吾『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(講談社現代新書、2025年)のNR書評猫レビュー記事(#1717)。
本書の核心
共同通信編集委員・論説委員の著者が、3年以上・全八十回の大型連載を全面改訂した現代地政学の概説書。プーチン、習近平、トランプという一見バラバラな強権的指導者の行動を「レコンキスタ(失地回復)」という単一の分析軸で貫く。
本書評の概要
「レコンキスタ(失地回復)」という補助線の有効性を中心に解説。ウクライナ侵攻を「狂気の暴走」ではなく「ソ連崩壊で失われた小帝国を再構築しようとする大戦略の実行」として読む視点を展開。補助線思考はプレゼン・部下対応・家族関係にも応用できるという観点で、40代IT管理職ペルソナの三つの悩み(部下との信頼構築・経営層へのプレゼン・家族とのコミュニケーション)に橋渡し。「敵を理解することと敵に同意することは別」というリーダーシップ上の重要な区別も提示した。

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