「一人のために作ったものが、全員のためになった」——澤田智洋/マイノリティデザイン/SMALLからALLへ

「この説明、誰にでも分かるように作ったのに、なぜ伝わらないのだろう」――プレゼン資料を前にそう感じたことはありませんか。平均的な聴衆を想定し、万人受けを狙い、角を立てないように調整した言葉は、往々にして誰の心にも刺さらないものです。管理職として、部下全員に伝わるマネジメントを目指すほど、かえって誰にも届かない無難な指示になってしまう――そんな矛盾を感じた経験を持つ人は少なくないはずです。

経営層へのプレゼンでも、同じことが起きています。多くの利害関係者を意識しながら、反論を先回りして潰し、聴衆全員を満足させようとするほど、発言は丸くなります。しかし現実には、その場で最も刺さる言葉は、全員に向けた言葉ではなく、ある一人の抱える切実な問いに正面から答えた言葉だったりします。多数決で決まる「平均的な正解」は、誰にとっても本当の解決にならないのです。

家庭のコミュニケーションも、この問題から無縁ではありません。妻との会話、中学生の息子との対話、小学生の娘への接し方。それぞれに違う文脈があるのに、「家族全員に通じる話し方」を探していると、かえって誰とも深い対話ができなくなります。澤田智洋著『マイノリティデザイン』のポイント2は、まさにこの問題に正面から答える一章です。一人の切実な問いへの徹底的な回答が、結果として全員の問題を解決するという逆説――そのメカニズムを、本書は具体的な事例で証明しています。

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最大公約数を狙うほど、誰にも届かなくなる

現代のビジネスが長らく信じてきた戦略があります。それが「ターゲット市場の最大公約数を狙う」というマス・マーケティングの発想です。より多くの人に受け入れてもらうために、尖った要素を削り、誰もが理解できる水準に合わせ、万人向けのメッセージを発信する。この戦略は、一見合理的に見えます。

しかし澤田智洋氏は、本書でこの発想の限界を鋭く指摘します。最大公約数を狙うということは、誰にとっても「まあ許容できる」ものを作ることに等しい。誰かの人生を変えるような、切実に必要とされるものは、そこから生まれません。平均的な人間は存在しない以上、平均に向けて最適化されたデザインは、誰にとっても「自分のために作られたもの」とは感じられないのです。

大勢を狙うほど、誰の心も動かせなくなる

これはプレゼンの場に直接当てはまります。役員室に座るすべての人を同時に満足させようとしたプレゼンより、その場で最も懐疑的な一人の疑問に正直に向き合ったプレゼンの方が、結果的に全員の信頼を得ることがあります。誰かひとりに深く刺さった言葉は、他の人の心にも届きます。全員に薄く広がる言葉は、誰の心にも残りません。

041 FASHIONが証明した逆説の力

本書が提示する最も鮮烈な具体例が、インクルーシブなアパレルブランド「041 FASHION」の事例です。この服のデザインは、一人の障害者が抱えた「着脱しにくい」という悩みを解消することを唯一の出発点としています。腕が上がらない、細かい動作が難しい、服の裏表を自分で確認できない――そうした制約を持つ人が快適に着られるよう、根本からデザインが再設計されました。

ところが、このブランドが世に出てから気づかれたことがあります。これは怪我をして腕が上がらない人にとっても快適な服である、と。運動機能が落ちてきた高齢者にとっても使いやすい服である、と。さらには、忙しい朝に服の裏表を確認する余裕がない健常者にとっても、快適な服である、と。

一人の困りごとは、皆が抱えていた困りごとだった

最も制約が強い一人のために徹底的に考え抜いたデザインが、想定外に広い層の問題を同時に解決したのです。これが本書の言う「SMALLの中にALLがある」という逆説の具体的な姿です。たった一人の問題を甘く見ずに、真剣に向き合うこと。その徹底が、結果として多数への解答になるというメカニズムは、マス・マーケティングでは絶対に到達できない場所にあります。

SMALLに徹底することでしか見えない普遍性

なぜ一人への最適化が全員への解決になるのでしょうか。その理由は、「極端に困っている人」の課題は、他の人も同様に抱えているが見えにくくなっている課題を、最も強度高く照らし出すものだからです。

たとえばユニバーサルデザインの先駆けとも言えるOXO Good Gripsの話があります。握力の弱い関節炎を持つ人のために開発されたペアラー(皮むき器)は、その使いやすさから誰でも使いたくなる道具になりました。特定の弱さを持つ人の視点から設計されたものが、その弱さを明示的には持たない多くの人にとっても、実は「あると助かる」機能を持っていたのです。

極端な一人のために考え抜くことが、普遍への最短経路だ

部下の中で最も業務習得が遅いメンバーに向けて、業務の説明をゼロから再設計してみてください。そのプロセスで作り直したマニュアルは、おそらく全メンバーにとって分かりやすいものになるはずです。一人の困りごとに真剣に向き合うことで、チーム全体の仕組みが改善される――これはSMALLからALLへという本書の原理が、職場で機能する典型的な場面です。

ルールを設計し直すという発想

マイノリティデザインの本質は、単に「弱者への配慮」ではありません。それは、社会やチームを動かしているルールや環境そのものを問い直す行為です。

スポーツが典型です。従来のスポーツのルールは、運動能力の高い人が活躍できるように設計されています。身体的制約を持つ人が楽しめないとすれば、それはその人の能力の問題ではなく、ルールの設計の問題です。世界ゆるスポーツ協会が実践したことは、できない人に無理やり参加させることではなく、できない人でも楽しめる新しいルールを作ることでした。

問題は人にあるのではなく、ルールの設計にある

チームのマネジメントも、同じ視点で見直せます。うまく動けない部下がいたとき、その人を変えようとする前に、チームのルールや仕組みに問題がないか問い直してみる。こうして着目点をメンバーからルールに移すと、チーム全体に効く改善が見えてきます。マイノリティデザインは、個人の弱さを矯正するのではなく、ルールの設計を変えることで全員が動きやすい環境を作る――そのための思考法なのです。

力の不均衡が生む「見えない困りごと」を発見する

本書が深く問いかけるのは、社会の中に存在する「力の不均衡」です。マジョリティとマイノリティの間に生じる摩擦や生きづらさは、単なるマインドの違いではなく、構造的な力の偏りから生まれています。そしてその偏りは、力を持つ側には往々にして見えません。

経営層に近い管理職ほど、現場の細かな困りごとが見えなくなります。忙しい上司ほど、部下の小さな詰まりに気づきにくくなります。この「見えない困りごと」を発見する手がかりが、マイノリティデザインの視点です。チームの中で最も声を上げにくい立場の人、最も業務負荷がかかっている人、最も孤立しがちな人――そこに目を向けることで、全員に関わる構造的な問題が浮かび上がってきます。

声が小さい一人の困りごとが、全員の問題を照らす

プレゼンの場でも、この視点は有効です。会議室の中で最も懐疑的な表情をしている一人、最も理解が追いついていない一人――その人の視点に立って資料を作り直した経験が、発表全体の質を引き上げることがあります。SMALLは弱さではなく、全員に届くための入口なのです。

SMALLという視点が、職場と家庭を変える

本書が最終的に示すメッセージは、「一人の問題は全員の問題である」という洞察です。最大公約数を狙うことをやめ、最も切実な一人に向き合うことを選んだとき、初めて本当の意味で「全員のためのもの」が生まれます。

管理職として今日からできることがあります。チームの中で最も困っているように見える一人に、少し余分な時間を使って向き合ってみてください。その対話の中で見えてきた問題は、チーム全体に共通する何かを指し示している可能性があります。家庭でも、最も会話が難しいと感じる家族の一人と、少し腰を据えて話してみる。その一人との対話が、家族全体のコミュニケーションをほぐすきっかけになることがあります。

一人への真剣な向き合いが、全員との関係を変える

SMALLを起点にするとは、弱い立場の人に特別扱いをすることではありません。その人の困りごとを、社会やチームや家族が抱える問題のサインとして受け取り、仕組みや関係性を根本から問い直すことです。澤田智洋氏が本書で証明したのは、一人への徹底的な向き合いが、最終的には全員のための解決策になるという、シンプルで深い真実です。最も小さなSMALLの中に、最も普遍的なALLが宿っている――その逆説を、ぜひ本書から手に取って確かめてみてください。

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記事の要約

書誌情報
澤田智洋『マイノリティデザイン――弱さを生かせる社会をつくろう』のNR書評猫レビュー記事(#1404)。2021年刊行。

本書の核心
マイノリティという極端な少数の課題に徹底的に向き合うことで、結果として社会全体を豊かにする普遍的な解決が生まれるという「SMALLからALLへ」の逆説的メカニズムを、具体的な社会実装事例を通じて証明した一冊。

本書評の概要
最大公約数を狙うマス・マーケティングの限界を出発点に、一人の障害者の困りごとから生まれたアパレルブランド「041 FASHION」が怪我人・高齢者・健常者にとっても快適な普遍的ファッションになった事例を軸に展開。SMALLに徹底することでしか見えない普遍性、ルールの設計を問い直す発想、力の不均衡が生む見えない困りごとの発見という3つの視点を展開している。40代IT管理職ペルソナに向け、最も困っている部下への向き合いがチーム全体の改善につながること、最も懐疑的な一人を想定したプレゼン設計が全員の信頼を得ること、最も対話が難しい家族との関係を深めることが家族全体のコミュニケーションをほぐすことを応用として提示している。

NR書評猫1404 澤田智洋_マイノリティデザイン

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