毎月給料が入っても、なぜか手元にお金が残らない。昇進して収入が上がったのに、生活が楽になった気がしない。「自分の稼ぎが足りないのか」「使い方が下手なのか」と、密かに自分を責めていませんか?
実は、その疲弊感は個人の努力不足でも、管理能力の問題でもありません。あなたが今感じている「どれだけ働いても追いつかない感覚」には、歴史的な根拠があります。雑栗わかる著『もしもこの世界からお金がなくなったら――一生お金に振り回されない人生の歩き方』は、まさにその構造を正面から解き明かした一冊です。
部下からの信頼を勝ち取り、上司への提案を通したい。家族との時間をもっと大切にしたい。そう思いながら「今月も余裕がない」と感じているあなたに、今日は本書のポイントを一つ丁寧にお伝えします。お金の歴史と支配構造を理解することで、職場でも家庭でも「本当に大切なもの」が鮮明に見えてくるはずです。
「頑張っても豊かにならない」正体は、構造にあった
「もっと働けば楽になるはずだ」――多くのビジネスパーソンが、そう信じて今日も残業をこなしています。しかし本書を読んだ後、多くの読者がこう漏らします。「自分の問題ではなかったのか」と。
著者の雑栗わかるは、1988年生まれのYouTuber・講演家です。20代を「言われるがままに就職し、言われるがままに正社員になった」受動的な時代として過ごした彼が、世の仕組みへの違和感を決定的なものへと変えたのは、新型コロナウイルスの世界的な混乱がきっかけでした。社会の機能が一時停止したあの時期、「働くこととはなにか」「お金を得るとはなにか」という根源的な問いを避けられなくなった人は、日本中に無数にいたはずです。
本書は、その問いに対して著者が辿り着いた答えを書き記したものです。「1億稼ぐ方法」でも「節約術」でもありません。なぜ私たちは「働く→稼ぐ→使う→また足りない→働く」という終わりのないループから抜け出せないのか、その構造そのものを描いています。
社会は「お金に依存するように」設計されている
本書の第2章には、読者の多くが思わず手を止めるような一節があります。現代の資本主義社会は、自然に生まれたものではなく、個人を労働と消費のサイクルに組み込むよう「意図的に設計された」システムだ、という指摘です。
税金、社会保険料、住宅ローン、スマートフォンの月額費用、サブスクリプション……。気づけば私たちは「働かなければ生きていけない状態」に、ほとんど強制的に置かれています。そしてその状態は、個々人がどれほど倹約し、努力したとしても、個人の意志だけでは脱出しにくい構造に埋め込まれているのです。
IT企業で中間管理職として働いていれば、この感覚はより身近かもしれません。部下の人件費、チームの予算、上司から降りてくる数値目標――すべてがお金を軸に設計されている職場で、毎日意思決定を迫られる。その重さの正体が「個人の問題ではなく構造の問題だ」と分かるだけで、心の荷が少し軽くなるという読者の声は少なくありません。
「回し車の上」に立っていることに気づく
著者は本書の中で、現代の労働者をこう喩えています。自分は自由に走っていると思っているが、実は用意された回し車の上にいるのだ、と。
この比喩が刺さるのは、心当たりがあるからではないでしょうか。昇進するたびに責任が増え、収入が上がるたびに生活水準も上がり、気づけば「以前と同じくらい余裕がない」状態に戻っている。これはライフスタイル・インフレとも呼ばれる現象ですが、本書はそれをただの自己管理の失敗とは捉えません。消費を拡大し続けることで経済が回るよう設計されたシステムが、個人の感覚をも形成しているのだという視点です。
自分を責めるより、仕組みを疑う。
これが本書から得られる最初の、そして最も大切な視点転換です。部下に対しても同じことが言えます。「なぜあいつはもっとやる気を出さないのか」と個人を責める前に、そのやる気を削いでいる職場の仕組みや構造に目を向けると、見え方が変わってくるはずです。
お金の歴史は「支配の歴史」でもあった
第3章では、貨幣の誕生から現代のデジタル通貨に至るまでの歴史が俯瞰されます。物々交換の時代、金や銀が価値の基準になった時代、そして紙幣や電子データが価値を表すようになった現代まで。その変遷を追うと、お金が常に「権力者と国家システムが管理するツール」として機能してきたことが浮かびあがってきます。
誰がお金を発行できるか。誰がその量をコントロールするか。税として誰が集め、どこに配分するか――これらはすべて、権力の問題であり続けてきました。つまり、私たちが「当たり前」だと思っているお金のルールは、歴史的に見れば「誰かが決めた取り決め」に過ぎないのです。
この視点を持つことは、部下への説明力や、上司への提案力にも直結します。ビジネスの根幹にある「価値とは何か」「なぜこのサービスが対価を得られるのか」という問いを深く考えられる人間は、プレゼンの説得力が根本的に変わります。歴史の文脈で物事を語れるマネジャーは、チームからの信頼も厚くなるものです。
「お金がない自分はダメだ」という思い込みを手放す
本書を読んで最初に解放される感覚は、「自分を責めることをやめる許可」を得ることかもしれません。
お金に余裕がない。貯金が思うように増えない。老後が不安で、子どもの教育費が心配で、住宅ローンを払いながら余暇も楽しみたいが無理そうだ――こうした焦りを、多くの人は「自分の稼ぎが足りないから」「自分の努力が足りないから」と内側に向けます。
しかし本書が示すのは、その焦りの多くは「お金に依存するようにデザインされたシステム」が意図的に生み出している欠乏感だということです。常に何かが「足りない」と感じるよう社会は設計されており、その感覚は個人の怠慢とはまったく別の問題です。
この認識を持ったとき、家族との会話も少し変わります。妻に「もっと節約してほしい」と言いたくなるとき、その言葉の背後にある「足りない感覚」がどこから来ているのかを一度立ち止まって考える。その余白が生まれるだけで、家庭内の緊張が和らぐことがあります。
「ラットレース」を知ることが、降りる第一歩になる
本書が提示する「働く→稼ぐ→使う→また足りない→働く」という無限ループは、英語では「ラットレース(rat race)」と呼ばれます。ネズミが回し車を走り続けるように、どれだけ速く走っても前には進めない状態です。
重要なのは、ラットレースから「降りる」ことの前に、まず自分がそこにいることを「知る」ことだということです。本書の真価は、具体的な抜け出し方の手順書ではなく、その構造を明確に言語化した点にあります。
管理職として部下を率いるとき、「みんなのためにもっと数字を上げなければ」と追い詰められる瞬間があるはずです。しかしその焦りが、どういう仕組みから来ているのかを理解しているマネジャーとそうでないマネジャーとでは、チームへの影響力がまったく異なります。構造を知っている人間は、自分も周囲も必要以上に追い詰めません。それが、部下から信頼される上司の静かな強さの一つです。
『もしもこの世界からお金がなくなったら』が教えてくれるのは、お金の稼ぎ方でも使い方でもありません。お金という仕組みが持つ歴史と構造を俯瞰することで、「振り回されている自分」から「理解した上で選択できる自分」へと、思考の軸を移す試みです。頑張っても楽にならない感覚の正体を知ることが、あなたの職場での落ち着きと、家族との穏やかな時間を取り戻す入口になるかもしれません。

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