「結果を出した後こそが勝負」——野宮有『殺し屋の営業術』が教えるアフターケアの哲学

部下に厳しいフィードバックを伝えた翌朝、なんとなく気まずい空気が漂ったことはありませんか。会議で上司への提案を終えた後、「伝わっただろうか」と夜まで気になり続けた経験もあるかもしれません。家で子どもを叱った後、どんな言葉をかければよいか分からず、沈黙のまま時間が過ぎてしまうこともあります。

仕事を「完遂した」だけでは、人は動かないのです。プロジェクトを終えた、指示を出した、注意をした――それはただの「作業の完了」に過ぎません。相手の心の中に何が残るか。そこにこそ、信頼が生まれるか否かの分水嶺があります。

野宮有の小説『殺し屋の営業術』は、この真理を極限のかたちで描いた異色のビジネス小説です。主人公の殺し屋は、業務を完遂した後に依頼主へ丁寧な「アフターケアの報告書」を届けます。それは依頼主が不要な罪悪感を抱かないよう設計された、事実とはかけ離れた「物語」でした。プロが仕事の完了後に何を届けるか――そのことを、本書はグロテスクなほど鮮明に問いかけてきます。

Amazon.co.jp: 殺し屋の営業術 (Audible Audio Edition): 野宮 有, 外崎 友亮, Audible Studios: Audibleオーディオブック
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「業務完了」と「顧客満足」はまったく別の概念である

管理職になってから、部下への指摘やフィードバックの機会が増えたはずです。しかし、「ちゃんと伝えたはずなのに、なぜか関係がぎこちなくなる」という経験をした方は少なくないでしょう。

それは往々にして、指摘の内容よりも「指摘した後に何もなかった」ことが原因だったりします。叱った、注意した、改善点を伝えた――しかし、そこで終わっていた。相手の心の中に「ちゃんとフォローされている」という感覚が生まれていなかったのです。

本書の主人公は、仕事を「完遂」した後こそが真のサービスの始まりだと考えています。依頼主が「あの依頼は正しかったのだろうか」と苦しまないよう、丁寧な報告書を作成して届ける。これは単なる礼儀ではなく、相手の心理的負担を引き受けるプロの仕事として描かれているのです。業務完了と顧客満足は、まったく異なる概念です。そのことを本書は、裏社会という鏡を通して静かに突きつけてきます。

信頼は「言葉の内容」ではなく「余韻の設計」で生まれる

プレゼンを終えた後、「よし、伝えられた」と安堵した経験があるでしょう。しかし、発表が終わった後に会議室に漂う空気を、あなたはどれだけ意識しているでしょうか。

人は情報を受け取った後に、必ずそれを「どう感じるか」という段階を経ます。内容がよくても、終わり方が唐突だったり、余韻が重苦しかったりすると、相手の印象は「あの提案、なんとなく引っかかる」というものになりかねません。

本書の殺し屋が報告書の中に依頼主の安堵を生む「物語」を織り込むように、プロは情報を伝えるだけでなく、相手の感情が着地する場所を意図的に設計しています。上司へのプレゼン後に「ご不明な点があればすぐご連絡ください」とひとこと添えるだけで、受け取り側の余韻が変わります。言葉の内容よりも、去り際の設計が信頼をつくるのです。

部下との関係を深める「事後ケア」の具体的技術

管理職が部下から信頼を得られない理由の多くは、指示や注意の内容ではなく、その後に何もないことから来ています。厳しいことを言った翌日も、普段通りに話しかける。会議で指摘した後、廊下ですれ違ったときに「さっきは突っ込んだことを言ったが、期待しているからこそだ」と伝える。そういった事後の小さな一手が、関係を修復するどころかさらに深化させます。

本書に描かれるアフターケアは、相手の感情の責任を自分が持つという覚悟から来ています。依頼主が余計な苦しみを抱えないよう先回りして報告書を整える――この発想は、部下マネジメントにそのまま転用できます。厳しいフィードバックをした後に相手が傷ついているとしたら、それを放置するのは仕事の半分を残したまま帰宅するようなものです。

完了した業務の後にこそ、プロの真価が問われます。

上司を動かすプレゼンに欠かせないアフターフォロー

重要な提案を通すためには、プレゼンそのものと同じくらい、プレゼン後のフォローが重要です。承認が出た翌日に経緯を簡潔にまとめたメモを送る、次の打ち合わせまでに進捗の最初の一歩を見せる――こうした小さな行動が、上司の中に「あいつに任せると安心だ」という感覚を積み重ねていきます。

本書の主人公が依頼主に届けるのは、情報だけではありません。「任せてよかった」という安堵感です。これこそがリピートオーダーにつながり、信頼の基盤となります。部下として上司の信頼を勝ち取りたいなら、プレゼンの完成度を磨くと同時に、プレゼン後の余韻を設計することが求められます。

結果を出せる人は多い。しかし、結果の後に相手を安心させられる人は、それほど多くありません。そこが、信頼される管理職とそうでない管理職の分かれ道です。

家庭のコミュニケーションにも効く「終わり方の技術」

子どもを叱った夜、食事の席がどこか重くなることがあります。妻との意見の相違が解決しないまま翌朝を迎えると、その日一日に微妙な影がさします。家庭でのコミュニケーションにおいても、終わり方の設計は非常に重要です。

言いたいことを言い切った後に「でも、一緒に考えたいと思っている」とひとこと添えるだけで、場の空気は変わります。子どもに注意した後に「心配だから言ったんだよ」と伝えれば、叱責が愛情として届きます。本書の殺し屋が依頼主の後悔を取り除くために一手間かける姿は、大切な人との関係においても、言った後の一手間が信頼の厚みをつくるという教訓をそのまま示しています。

在宅勤務が増えた今、家族との接触時間は以前より増えました。しかしそれは同時に、言葉の余韻が家の中にいつまでも漂い続けるということでもあります。言いっぱなしにしない習慣が、家庭という最も身近な場所での信頼を育てます。

「何を届けたか」より「何を残したか」を問い直す

プロフェッショナルとは、仕事を完成させる人ではなく、相手の体験を完成させる人のことです。本書はその哲学を、ブラックユーモアの衣をまとって鮮烈に提示します。

管理職として今日一日を振り返るとき、「何を伝えたか」という問いと並べて「何を残したか」を問う習慣を持ってみてください。部下との面談の後、相手はどんな感情を持って席に戻っていったか。会議の後、上司はどんな顔で部屋を出たか。家族との夕食後、その場にどんな空気が残ったか。

アフターケアとは、単なる気遣いの話ではありません。プロとしての仕事の定義を「相手の感情の着地点まで責任を持つ」ことへと拡張する、思想の問題です。本書は、その思想を殺し屋という極端な鏡を通して、静かに、しかし鋭く私たちに手渡してくれます。異色のノワール小説でありながら、読み終えた後に残るのは、日常の職場と家庭に向けた、不思議なほど実践的な問いかけです。

Amazon.co.jp: 殺し屋の営業術 (Audible Audio Edition): 野宮 有, 外崎 友亮, Audible Studios: Audibleオーディオブック
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NR書評猫1423_野宮有_殺し屋の営業術

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