「流行はすたれるが、スタイルは決してすたれない」——ゴダール敏恵/70代からのパリジェンヌ・スタイル/実存の肯定

今日、鏡の前でどんな自分を見ただろうか。寝癖を直して、ネクタイを締めて、「さあ行くか」と気合を入れた瞬間。あるいは、疲れた顔のまま画面に向かい、「自分はこの役職に見合っているのか」と、ふと不安になった瞬間。外見に気を配ることは、仕事のできる管理職にとってどんな意味を持つのだろう。

ゴダール敏恵の『70代からのパリジェンヌ・スタイル』は、この問いに対して、思いがけない深さから答えを返してくる。本書が最終的に語り届けようとしているのは、「装うこと」「自分らしくあること」が単なる見栄でも虚栄心でもなく、どんな困難の前でも自分という存在を肯定し続けるための「生きる力」だということだ。

これまで本シリーズで見てきたポイント1の「幸福のハードルの再設定」とポイント2の「仕組みと対話による関係の設計」。そのふたつの軸を束ねる第三の柱として、著者は「スタイルを貫くこと」を提示している。

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「装うこと」は生存戦略である、という逆転の発想

著者のゴダール敏恵は、ただのライターではない。フランスの国家資格を持つ「ソシオ・エステティシャン」として、がん病棟や高齢者福祉施設でビューティーケアを提供してきた、医療と美の最前線にいる専門家だ。

彼女の目を通すと、化粧をし、服を選び、自分を整えるという行為の意味が根本から変わる。それは若返りへの執着でも、他人に良く見られるための計算でもない。病魔に侵されても、身体が衰えても、「私はまだここにいる」と自分自身に宣言する行為だ。装うことは、自己のコントロール権を最後まで手放さないという、生命の力強い意思表示なのである。

本書に登場するパリジェンヌたちは口々に語る。「流行はすたれるが、スタイルは決してすたれない」と。流行を追いかけることと、自分のスタイルを貫くことは、まったく別の行為だ。前者は外部の評価に振り回されることであり、後者は自分の軸から発信することだ。

「マダム、あなたはこんなに美しい」という言葉が持つ力

著者が施術の場で語りかける言葉がある。「マダム、あなたはこんなに美しいのだから、前を向いて」。これは社交辞令ではない。高齢者福祉の現場で、病床にある人に向けられた言葉だ。

肌に触れること、香りを届けること、鏡の前に座る時間をつくること。その一連の行為が、「自分はまだ人間として扱われている」という感覚を取り戻させる。医療化・施設化が進む中で失われがちな自己決定権を、美容というアプローチで静かに回復させる。これがソシオ・エステティックの本質だ。

管理職として考えると、この視点は部下へのフィードバックにそのまま応用できる。「よくやった」という結果への評価だけでなく、「あなたがここにいることに意味がある」という存在への承認。それこそが、長期的な信頼関係の土台を作る言葉だ。ポイント1で見たブリジットが「天気が良いことに喜びを見出す」ように、上司も部下の小さな行動や変化に気づき、言葉にする習慣が、チームの空気を変えていく。

スタイルを持つリーダーが、なぜ信頼されるのか

パリジェンヌたちが放つ自信の源泉は、若さでも財産でも社会的地位でもない。「自分らしさを大切にしながら生きてきた」という蓄積だ。彼女たちの「自分に対する揺るぎない自信」「明確な自己の意志」は、年齢を重ねるほどに磨かれている。

ポイント2でイヴ&ジャンヌ夫婦の「ダウンサイジングと対話」を見たとき、そこには「本質だけを残す」という哲学があった。スタイルも同じだ。余計なものを削ぎ落とした先に、その人固有の軸が浮かび上がる。

管理職として「自分らしいマネジメントのスタイル」を確立することは、それ自体が部下への強いメッセージになる。「この上司はいつもぶれない」「この人なりの判断軸がある」という安心感が、部下が動きやすい環境を生む。声が大きくなくても、場の中心にいなくても、スタイルのある人間は存在感を持つ。本書のパリジェンヌたちが示すのは、まさにその事実だ。

プレゼンにも「スタイル」は宿る

「流行はすたれるが、スタイルは決してすたれない」という言葉は、プレゼンテーションにもそのまま当てはまる。

最新のフレームワークを使いこなすことや、トレンドのキーワードを盛り込むことは、流行を追う行為だ。それは瞬間的に見栄えするが、話し手の印象には残りにくい。一方で、「この人はいつもこういう切り口で話す」「この人の提案には独特の視点がある」という、その人ならではのスタイルは記憶に刻まれる。

ポイント1でマリエル・Kが「エスプリや知性は無傷だ」と語ったように、コントロールできない外側の結果に左右されるのではなく、自分の核にある思考のスタイルを磨き続けること。プレゼンに自信が持てないとき、必要なのは技術の向上だけではなく、「自分はどんな視点でものを見る人間か」という内面の軸を確かめることだ。

家庭での「自分のスタイル」を取り戻すために

在宅勤務が増えた今、家族と過ごす時間に「管理職の顔」を持ち込みすぎていないだろうか。解決志向で話を聞く、効率的に問題を処理しようとする――それは職場では美徳かもしれないが、家庭では相手を遠ざける。

ポイント2でカトリーヌが「孤独を学ぶことの大切さ」を語ったとき、その根底にあったのは「他人に合わせすぎず、自分自身でいること」への誇りだった。家庭でも同様で、「完璧な父親・夫を演じること」をやめ、「今日の自分として家族の前に座ること」が、かえって関係を温める。

装うことが「今日の自分を肯定する行為」であるように、疲れていても、うまくいっていなくても、「今日の自分のスタイルでそこにいる」こと――それが、家族にとってもっとも安心できる存在の示し方だ。

三つの柱が語る、シリーズを通じての本質

本シリーズを通じて、『70代からのパリジェンヌ・スタイル』は三つの哲学を提示してきた。ポイント1の「自己受容と幸福のハードルの再設定」、ポイント2の「仕組みと対話による関係の設計」、そして今回のポイント3の「スタイルを貫くことによる実存の肯定」だ。

この三つは別々のテーマではなく、一本の線でつながっている。「今の自分を受け入れる」から「人と繋がる仕組みを作れる」、そして「自分らしく在り続けることができる」。その連鎖が、パリジェンヌたちを70代・80代になっても輝かせている。

著者のゴダール敏恵が20年以上かけてパリの医療・福祉・美容の現場で学んだのは、美しさとは外側から与えられるものではなく、自分の内側からにじみ出るものだということだ。管理職として、家族の一人として、一人の人間として、「自分のスタイルを貫くこと」――そこに、本書が届けたいメッセージの核心がある。

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NR書評猫1389 ゴダール敏恵_70代からのパリジェンヌ・スタイル

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