「あの上司とは昔ひと悶着あったから、どうしても素直に協力できない」「かつて自分を否定した人の頼みを聞くのは、プライドが許さない」──そんな感情に足を引っ張られた経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。昇進して管理職になると、過去の対立や感情的なしこりが、思わぬところで仕事の邪魔をします。部下との関係でも、社内の根回しでも、家族とのやり取りでも、過去の感情を引きずったままでは本来の力が出せません。
夏川草介の小説『エピクロスの処方箋』には、その問いに正面から答える場面があります。主人公の内科医・哲郎は、かつて激怒させた飛良泉教授の父親の治療を、あえて引き受けるという選択をします。これは単なる医師としての職業倫理ではありません。過去の感情的な対立やプライドを乗り越え、純粋に目の前の患者の平穏のために自分の力を尽くすという、一人の人間としての精神的成熟を体現した行動です。本作の第十四のポイントが指し示すのは、こうした過去の因縁との対峙が、人間をどのように成熟させるかという深いテーマです。
この成熟のプロセスは、医療の世界だけの話ではありません。部下から信頼される上司になりたい、提案が通りやすくなりたい、家族との関係を改善したいと願うすべての人に、哲郎の選択は具体的な指針を与えてくれます。
因縁のある相手の親を診る──哲郎が示した成熟の形
飛良泉教授は、哲郎がかつて激怒させた人物です。医療界の権威と若い医師の間で起きた感情的な対立。そのしこりが解消されないまま時間が過ぎていた。そこへ、飛良泉教授の父親の治療という依頼が舞い込みます。
普通であれば断るか、あるいは渋々引き受けながらも内心で複雑な感情を抱えたまま診療するか、どちらかでしょう。しかし哲郎はそうしません。過去の感情を横に置き、目の前の高齢の患者を一人の人間として正面から受け取ります。その姿は、読んでいて静かに胸を打ちます。
過去の対立ではなく今の患者を見る
この選択が示すのは、感情を抑圧することでも、過去を忘れることでもありません。過去があったことを知りながら、それでも今この場で必要なことを優先できるという、意志による成熟です。プライドや恨みより大切なものがあると分かっているとき、人間はようやくその感情の外に出ることができます。
「あの人とはうまくやれない」が職場を縛る仕組み
管理職になってから、過去の人間関係のしこりが意外なところで顔を出すことがあります。かつて対立した同僚が隣の部門のリーダーになった、昔自分を評価しなかった上司からの協力が必要になった、自分がミスをした相手と再び組まなければならなくなった。こういうとき、多くの人は「あの人とはうまくやれない」という感情が先立ちます。
問題は、その感情が仕事の判断を歪めることです。本来なら協力すれば双方にとって良い結果が出る場面でも、過去の感情がブレーキになって最善の選択ができない。チームの成果より自分のプライドを守ることを優先してしまう。その結果、部下は上司の器の小ささを敏感に感じ取り、信頼が揺らぎます。
哲郎の行動は、この問題への一つの答えを示しています。過去の因縁は消えなくていい。しかし今この場で必要なことを判断するとき、その因縁を理由にしない。それが、人間として一段上のステージに上がることの意味です。
プライドを越えて動ける人が、なぜ信頼されるのか
「あの上司はプライドが高くて、自分が不利になると逃げる」──こういう評価を受けるマネージャーは、職場に必ずいます。逆に、過去に対立があった相手ともフェアに向き合い、感情よりも仕事の本質を優先できる人は、自然と周囲から一目置かれるようになります。
なぜそうなるのか。それは、プライドや感情を越えて動ける人が、予測可能な信頼を持つからです。感情に左右される人は、状況によって対応が変わります。しかしいつでも本質を優先する人の行動には、一貫性があります。部下はその一貫性の中で安心して動くことができます。
感情を越えた一貫性が、長期的な信頼の源泉になる
哲郎が医師として信頼されるのも、患者の違いや状況の違いによって態度を変えないからです。かつて対立した教授の父であっても、何も関係のない患者と同じ誠実さで向き合う。この一貫性こそが、哲郎というキャラクターに重みを与えています。
家庭でも起きている「過去の感情の積み残し」
過去の因縁との対峙は、職場だけの話ではありません。家庭でも、過去の感情の積み残しが現在のコミュニケーションを歪めることがあります。かつて妻に言われた一言が引っかかっている、子どもに以前感情的に怒ってしまったことで関係がぎこちなくなっている、義理の両親との間に小さな行き違いが積み重なっている。
在宅勤務が増えて家族と過ごす時間が長くなった今、こうした積み残しは以前より鮮明に顔を出します。長い時間を共にするほど、過去の感情が日常会話のあちこちに滲み出てくるからです。
哲郎が飛良泉教授の父親を診るという選択は、家庭にも応用できます。かつて嚙み合わなかった会話、感情的になってしまった場面、言い損じた言葉。それらを引きずったまま今の関係を見ていないか、立ち止まって確認することが大切です。過去があったとしても、今この人に向き合うことを選べるかどうか。それが家庭における成熟の形です。
過去の因縁を越える──その一歩を踏み出す具体的な方法
哲郎の選択を読んで、自分にも同じことができるかと問われたら、即答できない人も多いでしょう。過去の対立やプライドを横に置くのは、理屈では分かっていても実行が難しい。では、どうすれば哲郎のような選択に近づけるのか。本作のヒントから考えてみます。
まず、哲郎は感情を消そうとしていません。過去の対立があったことは事実として受け取りつつ、今の判断の材料にしないという区別をしています。感情を否定することは逆効果です。あの人は苦手だ、という感情があることを認めた上で、だからといって今の行動を歪めないと決めること。これが出発点です。
次に、今目の前にある本質的な問いに集中することです。哲郎にとってのそれは、この患者に必要なケアは何かという問いでした。あなたにとってのそれは、このプロジェクトで本当に必要なことは何か、この家族との時間で大切にしたいことは何か、という問いになるでしょう。
本質の問いに集中するとき、過去の感情は小さくなる
人間的成熟とは何かを、この小説は教えてくれる
夏川草介は、自らの臨床経験の中で感じる葛藤を、哲郎という人物に投影しています。理想通りにいかない現実、感情と職能の間で揺れる瞬間、それでも患者の前では誠実であろうとする意志。それらが凝縮されているのが、飛良泉教授の父親の治療という場面です。
この場面を読んだとき、多くの読者は哲郎の選択に何かを感じます。すごいとか立派だとかではなく、ああ、こういう人間でいたいと思う、静かな憧れに近い感情です。管理職として部下に信頼されたいと願うなら、プレゼンで相手の心を動かしたいと思うなら、家族との関係を改善したいと考えるなら、その根本にあるのは技術ではなく、こうした人間的成熟への意志ではないでしょうか。
過去を持ちながら、今に誠実でいる。それが哲郎から学べる最も大切なことです。疲れたとき、過去の感情に縛られているときに、この小説を開いてほしいと思います。

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