プレゼンの準備に何時間もかけたのに、発表中に上司がスマートフォンを見ていた――そんな経験はありませんか。資料の完成度ではなく、相手の関心を引きつけられるかどうかが、プレゼンの勝敗を決める。頭では分かっていても、「内容さえよければ伝わるはずだ」と信じたい気持ちが、どこかにあるかもしれません。しかし現実の会議室では、内容の前にまず「聴いてもらえるかどうか」という戦いが静かに起きています。
部下とのやりとりでも同じことが言えます。毎朝の朝礼で話しているのに、メンバーの表情はどこか遠い。面談で丁寧にフィードバックをしても、翌週には忘れられている。言葉が届いているのか、届いていないのか――その手応えのなさは、内容の問題というより、相手の「関心」を獲得できていないことから来ているのかもしれません。
朝井リョウの長編小説『イン・ザ・メガチャーチ』は、人々の「関心」が最大の資本となった現代社会の構造を、アイドルのオーディション番組という舞台で精緻に描きます。アイドルたちがいかにして関心を集め、維持しようとするか――その果てしない消耗戦の中に、私たちの職場や家庭で起きていることの本質が映し出されています。
「関心」が資本になった時代の構造
アテンション・エコノミーとは、人の注意や関心そのものが経済的な価値を持つという考え方です。情報があふれ、コンテンツが無限に増え続ける現代において、希少なのはもはや「情報」ではなく「人が何かに向ける関心の時間」です。
本作では、オーディション候補者たちが関心を集めるためにSNSを更新し、配信を行い、自分の日常や感情を切り売りしていく様子が描かれます。候補者たちは「ファンのため」という言葉を口にしながら、じつは関心の数値――再生回数、投票数、コメントの量――に自分の価値を測られ続けています。この関心の争奪戦には終わりがなく、注目を集め続けるためにはより多くを差し出し続けるしかないという消耗の構造が生まれます。
ファンはその関心を増幅させる無給のスピーカーとして機能します。推しを広めたいという純粋な愛情が、結果として関心経済のインフラとして回収されていく。この構造の冷たさを、朝井リョウは露悪的に描くのではなく、それに関わる人々の温かみや誠実さとともに描くからこそ、読後の感触が複雑になります。
職場でも起きている静かなアテンション争い
アテンション・エコノミーはSNSやエンターテインメントの話だ――そう思いたくなりますが、職場の中でも同じ構造はすでに機能しています。
会議で最初に発言した人の意見が、その後の議論の方向性を決めやすい。声が大きく断言する人の言葉が、丁寧に論じた人の言葉よりも記憶に残りやすい。資料の内容より、発表者の話し方やスライドの見た目が評価を左右することがある。これらはすべて、内容ではなく「関心を引きつける力」が影響力を決めている場面です。
昇進したばかりの管理職が最初に壁にぶつかるのは、専門知識や判断力ではなく、チームや上位層の関心をどう集め、維持するかという問題であることが多い。会議での存在感が出せない、発言が流れてしまう、声が通らない――こうした悩みは、スキルの問題というより、関心を引く仕掛けを持っていないことから来ています。
「切り売り」しなければ関心は集まらないのか
本作が問う最も鋭い点の一つは、関心を集めるためにアイドルたちが払うコストの問題です。
自分の弱さを見せる、失敗を語る、プライベートな感情を開示する――こうした「人間らしさ」の提示が、関心を集める有効な手段として機能します。しかしそれは同時に、自分の内側を少しずつ切り売りしていく行為でもあります。どこまで開示するか、どこで境界を引くかという判断を、関心の数値を見ながら常に迫られる。この消耗がどこへ向かうかを、本書は丁寧に追います。
管理職として部下の信頼を得ようとするとき、似た問いに直面します。自分の失敗談を話すことでメンバーに親近感を持ってもらう、弱みを見せることで心理的な壁を下げる――これらは有効なコミュニケーションの手段です。しかし、信頼を得るための自己開示と、関心を引くためのパフォーマンスとの間にある境界は、実は曖昧です。どこかで「見せるための自分」を演じていると感じ始めたとき、その消耗はアイドルたちのそれと、本質的に異なるでしょうか。
関心を「集める」ことと「維持する」ことの非対称
本作が暴くもう一つの構造は、関心を集めるコストと、維持するコストの非対称です。
一度獲得したファンの関心を維持するためには、常に新鮮な何かを提供し続けなければなりません。候補者たちが「停滞」を恐れ、より多くを差し出し続けるのは、関心を失ったときのコストが、関心を維持するコストよりはるかに大きく感じられるからです。この恐怖が、候補者たちを消耗の深みへと引き込んでいきます。
職場に引き寄せると、これは「高い評価を一度得た人間が、それを維持しようとするプレッシャー」の問題と重なります。成果を出して注目された翌期に、さらに大きな成果を求められる感覚。一度「できる人」のレッテルを貼られると、それを保ち続けるために必要以上のエネルギーを注ぐようになる。家庭でも「頼れる父親」「仕事のできる夫」というイメージを維持しようとする疲弊は、多くの40代が経験しています。
朝井リョウが見せる、消耗の果て
朝井リョウは本書で、関心の争奪戦に勝ち続けることの果てを、明示的ではなく示唆的に描きます。
勝者は関心を集め続ける。しかしその「勝利」は、より多くを切り売りし続けることを要求し続けます。敗者は関心を失い、存在が希薄化していく。どちらの結末も、それぞれの形で消耗を招く。この構造の中に「正解の出口」はなく、読者は問いとともに放り出されます。
この問いは、職場での働き方を考えるうえでも重要な視点を提供します。関心を集め、維持するための消耗を厭わず走り続けることが、本当の意味でのキャリアの成功につながるのか。あるいは、関心の争奪戦から一歩引いた場所に、持続可能な仕事の仕方があるのか。本書はその答えを出さないまま、問いの精度だけを高めます。
消耗しない「関心の引き方」を探して
アテンション・エコノミーの構造を理解したうえで、では私たちはどう振る舞えばよいのでしょうか。
関心を引くことの本質は、相手が「この人の言葉を聴きたい」と感じる状態を作ることです。それは声の大きさでも、派手な演出でもなく、相手にとって意味のある情報や視点を、適切なタイミングで提供できるかどうかにかかっています。プレゼンであれば、聴衆が何を知りたがっているかを先に理解する。部下との面談であれば、こちらが伝えたいことより、相手が聴きたいことを先に把握する。家族との会話であれば、自分の話をする前に、相手の一日の中で何が重要だったかを尋ねてみる。
これは自分を切り売りすることではなく、相手の関心の向く方向を理解し、そこに自分の言葉を乗せることです。消耗しない関心の引き方は、相手をよく観察することから始まります。本書の登場人物たちが自分を差し出し続けた先に見たものを、私たちは別の方法で越えていくことができるはずです。

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