「物語は、人を救い、人を壊す」——朝井リョウ/イン・ザ・メガチャーチ/物語の功罪

# 「物語は、人を救い、人を壊す」――朝井リョウ/イン・ザ・メガチャーチ/物語の功罪

このシリーズを通じて、私たちは様々な角度から朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』を読み解いてきました。熱狂が日常の物理空間を侵食していく様子、人は何かを信じないと生きていけないという根源的な渇望、仕掛ける側と染まる側の非対称性……。そして今回、シリーズ最終回となる本稿で向き合うのは、本書が最後に読者を連れていく、最も深く重い問いです。人間は物語という虚構なしに、現実の無意味さを直視して生きることができるのか。

朝井リョウはアイドルオーディション番組という現代的な入り口を用いながら、最終的には普遍的な哲学の領域へと私たちを導きます。物語は人を救済する。しかし同時に、物語は人を盲目にし、破滅へと向かわせる両刃の剣でもある。この結論の重さは、40代の管理職として日々奮闘するあなたの、職場と家庭の両方に静かに響いてくるはずです。

部下への言葉、会議でのプレゼン、帰宅後に家族へ語りかける声。あなたが毎日紡いでいるそれらは、すべて誰かにとっての「物語」です。その物語が、相手を救っているのか、それとも知らぬ間に縛っているのか。本書を閉じた後に残るこの問いを、一緒に見つめていきたいと思います。

Amazon.co.jp: イン・ザ・メガチャーチ (日本経済新聞出版) 電子書籍: 朝井リョウ: Kindleストア
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虚構なしに現実を生きられるか

哲学者たちは長い時間をかけて、この問いと格闘してきました。

ニーチェは神の死を宣言し、人間は自ら意味を作り出さなければならないと説いた。カミュは不条理の中に生きることを直視し、それでも反抗せよと叫んだ。しかし現実を生きる私たちは、哲学書よりも先に、日常の疲弊の中でこの問いにぶつかっています。

今日の仕事に何の意味があるのか。この残業は誰のためなのか。これだけ頑張って、自分の人生は本当に前に進んでいるのか。

朝井リョウは本書において、こうした問いに直面したとき、人間がいかに「物語」という虚構へと救いを求めるかを精緻に描き出しています。アイドルの成長物語に感情移入することも、会社の理念を信じて残業を重ねることも、家族のためという大義名分で自分を奮い立たせることも、構造としてはまったく同じです。

虚構なしに、人は意味を生きられない。

これは批判ではなく、人間という生き物への、深い洞察です。

物語が持つ救済の力

物語の力を否定することは、人間であることを否定することに近い。

本書に登場するファンたちは、アイドルの物語に自分の物語を重ねることで、日常の苦しみを和らげ、前へ進む力を得ています。推しが逆境を乗り越える姿を見て、自分も頑張れると感じる。同じ物語を信じる仲間と連帯することで、孤独が消える。これは「錯覚」ではありません。機能した救済は、本物の救済です。

振り返ってみれば、あなた自身の人生もまた、物語によって何度も救われてきたはずです。尊敬する先輩の言葉が、迷いを断ち切ってくれた瞬間。子どもの笑顔が、疲弊した夜を乗り越える力をくれた朝。ゴルフ仲間との会話の中で、ふと仕事の悩みが小さく見えた午後。

人は物語の中に、何度でも生き直せる。

朝井リョウはその事実を、本書全編を通じて肯定的に、しかし目を逸らさずに描き続けています。

物語が人を盲目にするとき

しかし、本書の最も恐ろしい問いは、救済の話ではなく、その次にあります。

物語は、人を盲目にする。これが、この小説の中核を貫く警告です。推しを守るために他者を攻撃する。物語の外側にある現実を見ようとしない。自分が信じている物語を否定されると、激しい怒りを感じる。本書に登場するファンたちが示すこれらの姿は、ファン心理の描写であるとともに、人間一般の本質的な弱さの描写でもあります。

翻って、あなたの職場を見渡してみてください。

かつての成功体験という「物語」に縛られ、新しいやり方を受け入れられないベテラン社員。自分のチームの正しさという「物語」を信じすぎるあまり、他部署の意見を聞けなくなった管理職。会議室の中で一度形成された「物語」が、反証データが出てからも変わらずに生き続けるあの感覚。

物語への盲信は、決して遠い世界の話ではありません。

管理職が語る物語の責任

このシリーズを振り返ると、本書の問いは一貫して「仕掛ける側」への厳しい視線を含んでいます。

熱狂を設計する音楽業界の久保田が、空虚感を抱えながらも数字のために感情を操作し続ける姿。その構図は、部下に向けて言葉を選ぶ管理職の、あなた自身の姿と重なります。部下を動かすために語る物語は、相手のためのものですか。それとも自分の目標達成のための道具ですか。

届けた物語の責任は、語った側にある。

人は物語によって動きます。しかし、その物語が相手を救済するものになるか、盲目にするものになるかは、語る側の誠実さにかかっています。プレゼンで相手の感情を動かすことへの喜びの裏に、この問いを忘れないこと。本書はそれを、静かに、しかし確実に要求しています。

家族という最も古い物語

家庭もまた、物語の場です。

お父さんはこういう人だ。うちの家族はこうして生きてきた。夫婦の間には、言葉にされないまま共有されてきた無数の物語があります。その物語が家族を結びつけ、嵐の夜に温かさを与えてきた。しかし同時に、その物語が家族の誰かを縛り、変化を阻み、本当の会話を妨げていることもあります。

妻との会話がかみ合わないとき、子どもとの接し方が難しいと感じるとき、その背後には「自分が信じてきた家族の物語」と「相手が書き換えようとしている物語」のぶつかり合いがあるのかもしれません。

朝井リョウが本書で問うのは、物語を捨てることではなく、物語を問い続けることです。この物語は今も本当に正しいか。この物語は相手を救っているか、それとも縛っているか。その問いを持ち続けることが、家族という関係を生き生きと保つための、静かな作業です。

物語と共に生き続けるために

シリーズ全体を通じて、本書は一つのことを教えてくれていました。

私たちは物語なしには生きていけない。それは弱さではなく、人間としての本質です。しかし物語に飲み込まれるとき、私たちは自分が信じているものの外側を見る力を失う。その瞬間に、救済は破滅へと変わり始めます。

大切なのは、物語を持ちながら、同時に物語の外に出る目を持ち続けることです。自分が今、どんな物語の中にいるのかを時々問い直すこと。部下に語る物語、家族と共有する物語、そして自分自身が信じている物語を、定期的に見つめ直すこと。

朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』は、エンターテインメントとして読み始め、哲学として終わる小説です。アイドルの話が、いつの間にか自分の話になっている。そのページをめくる体験を、ぜひあなたにも手に取って味わっていただきたいと思います。

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NR書評猫1420_朝井リョウ イン・ザ・メガチャーチ

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