「平等なはずの場所が、なぜ序列に染まるのか」——朝井リョウ/イン・ザ・メガチャーチ/ファンダム内部の階層化と格差の再生産

「うちのチームは風通しがいいはずなのに、なんとなく発言できる人とできない人に分かれている気がする」「同じ目標に向かっているはずなのに、いつの間にか古参メンバーと新人の間に見えない壁ができている」――そんな経験はないでしょうか。平等であるはずの場所に、気づくと序列が生まれている。これは職場に限った問題ではありません。

朝井リョウの本屋大賞2026受賞作『イン・ザ・メガチャーチ』(日経BP)の中で、最もリアルな描写のひとつとして評価されているのが、ファンダム内部の階層化です。同じ「推し」を愛するはずのコミュニティの中にも、重課金勢と無課金勢、古参と新規といった格差が生まれ、マウンティングや揶揄が横行します。平等な救済の場であるはずのメガチャーチが、現実世界の資本主義的な格差構造をそのまま再生産していく――本作はその残酷な事実を、淡々と、しかし確実に描き出しています。

共通の価値観で結びついたはずの集団が、なぜ必ず序列を生み出すのか。その構造を知ることは、部下からの信頼を得たい管理職にとって、チームの設計を根本から問い直す鍵になります。

Amazon.co.jp: イン・ザ・メガチャーチ (日本経済新聞出版) 電子書籍: 朝井リョウ: Kindleストア
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「同じ仲間」のはずが、なぜ序列になるのか

人間は社会的な動物であり、集団の中に入ると自然にポジションを意識し始めます。これは意図的な行動ではなく、集団の中で自分の立場を確認し、安全を確保しようとする本能的な行動様式です。

ファンダムの世界では、この序列化が特定の形で現れます。誰が最初からそのアーティストを応援していたか(古参か新規か)、どれだけお金を使っているか(重課金勢か無課金勢か)、どれだけ詳しい知識を持っているか(界隈知識の量)――これらが、コミュニティ内の暗黙の評価軸になります。

表向きは「推しへの愛」という一点で平等なはずの場所が、実際にはこうした複数の軸で細かく序列付けられています。本作はその実態を、ファン同士のやり取りや言葉のすれ違いの中に、あざやかに埋め込んでいます。書店員のマオ氏をはじめ当事者の書評者から「解像度が高い」と評価されたのは、この描写の精度がリアルの経験と完全に一致していたからです。

お金が「愛の深さ」に変換される逆説

本作の中で特に注目すべきは、課金額がそのままコミュニティ内の発言権に直結していく構造です。より多くのお金を使った人ほど、そのアーティストへの「本気度」が高いとみなされ、意見に重みが生まれます。課金をためらう人は「その程度の気持ちか」と揶揄され、コミュニティの周縁に追いやられていきます。

これは現実世界の資本主義的格差構造の、純粋な再生産です。「推し活」という行為は経済的な豊かさとは無関係な純粋な愛情表現であるはずが、いつのまにか経済力のある人ほど発言権を持つ場所になっている。その皮肉を、著者は一行の説明もなく、ただ場面として積み重ねることで読者に気づかせます。

管理職として、この構造を職場に置き換えて考えることができます。「声が大きい人の意見が通りやすい」「役職が上の人の判断が絶対視される」「会議で最初に発言した人の意見が採用されがち」――これらはすべて、平等であるはずの場に序列が侵入している証拠です。

「古参」の権威と「新規」の疎外感

ファンダムにおける古参と新規の対立は、本作の中で特に丁寧に描かれています。長く応援してきた古参ファンは、その時間の積み重ねを「愛の証明」とし、後から参加してきた新規ファンに対して、無意識のうちに優位性を主張します。

新規ファンは、コミュニティへの参加動機はまったく同じであっても、「知らないこと」が多いという理由だけで、発言を制限されたり、教えを乞う立場に置かれたりします。熱量が高ければ高いほど、その疎外感は深く刺さります。「同じ推しを愛しているのに、なぜ歓迎されないのか」――この経験は、当事者にとってコミュニティへの不信感と、対象への熱量のぶつけ先を失う感覚をもたらします。

この構造は職場の中途採用や異動でも起きます。新しくチームに入ってきたメンバーが、どれだけ能力があっても「まだチームのことをわかっていない」という理由で発言の機会を制限されるとき、そのチームの心理的安全性は低下しています。管理職として、この「古参優位」の空気に気づき、是正する行動を取れるかどうかが、チームの健全さを左右します。

「平等な場」を作るために管理職にできること

本作が示す階層化のメカニズムを知ることで、職場においてより公平な環境を設計するためのヒントが見えてきます。

まず重要なのは、評価の軸を明示することです。「誰が古くからいるか」「誰が残業をたくさんしているか」という暗黙の評価軸ではなく、「どんな貢献をしたか」「どんな成果を出したか」という明確な基準を設けることで、勤続年数や表面的な熱量ではなく、実質的な仕事で評価される場が生まれます。

次に、発言の機会を意識的に均等化することも大切です。会議で特定の人だけが発言し続ける状況は、自然に任せていれば必ず生まれます。管理職が意識的に「〇〇さんはどう思いますか」と声をかけることで、沈黙しがちなメンバーの言葉を引き出す場が生まれます。これは管理職にしかできない、シンプルで効果の高い介入です。

「マウンティング」は不安の裏返しだという視点

本作の中でファン同士が行うマウンティングや揶揄は、外から見れば不快な行為に映ります。しかし著者の描き方は、それを悪意の産物とは見ていません。むしろ、コミュニティ内での自分の立場への不安、推しへの愛情を証明し続けなければならないというプレッシャーが、マウンティングという形に変換されているのだという視点が、行間ににじんでいます。

職場でのマウンティングや他者批判も、同じ構造を持つことがあります。自分の立場が不安定に感じられるとき、人は他者を下に置くことで相対的な安心を得ようとします。それは弱さの表れであり、悪意というよりも、適切な承認を得られていないサインです。

管理職として、部下がマウンティング的な言動を取るとき、表面の行動だけを注意するのではなく、「この人は今、何に不安を感じているのか」という問いから入ることが、根本的な解決につながります。

格差が再生産される場所に、本当の連帯は生まれない

本作が最終的に問いかけているのは、「連帯とは何か」という問いです。同じ推しを持つファン同士が作るコミュニティは、外から見れば強固な連帯に映ります。しかし内部に階層と格差が再生産され続ける場所では、その連帯は砂の上に立っています。

誰かを下に置くことで成立する連帯は、構造的に不安定です。下に置かれた人間はいつか離れ、残った人間同士でまた新たな序列を作り始めます。本当の意味での連帯は、貢献の形や参加の時期によって価値に差をつけない場所でしか生まれません。

部下から信頼される上司になりたいなら、自分のチームが「古参が偉い」「課金が多い人が正しい」という論理で動いていないかを、定期的に点検する目を持つことが大切です。本作はその点検のための、鮮明な鏡として機能します。

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NR書評猫1420_朝井リョウ イン・ザ・メガチャーチ

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