「完璧をやめた瞬間、仕事が回り始めた」——佐藤留美/凄母(すごはは)/捨て去る技術

# 「完璧をやめた瞬間、仕事が回り始めた」――佐藤留美/凄母(すごはは)/捨て去る技術

「もっとちゃんとやらなければ」「全部こなせない自分が情けない」――そんな言葉が、朝の通勤電車の中で頭をよぎったことはありませんか? 昇進したばかりで部下のマネジメントもこなしながら、会議資料も作り、プレゼンの準備もして、家に帰ったら子どもの宿題にも付き合う。どこかで何かを削らなければ回らないことはわかっている。それでも「手を抜く」という発想がどうしても受け入れられない。そういう感覚を持つ方に、今日はひとつの本を紹介したいのです。

佐藤留美の『凄母(すごはは) あのワーキングマザーが「折れない」理由』は、仕事と育児という二重の重圧をくぐり抜けながら第一線で活躍し続ける11人の女性たちへのインタビュー集です。読者の多くは女性かもしれない。けれど、本書が突き詰めているのは「限られた時間とエネルギーの中で、どう優先順位を決め、何を手放すか」というテーマであり、これはすべての働くビジネスパーソンにとって、他人事ではありません。管理職になって仕事量が増えた今だからこそ、本書から学べることは想像以上に多いはずです。

部下から信頼されたいと思うなら、まずあなた自身が「機能している状態」を維持しなければなりません。睡眠を削り、食事を抜き、家庭でも気を張り続けた先にあるのは、消耗しきったリーダーの姿です。本書に登場する凄母たちが実践する「捨て去る技術」は、弱さの表明ではなく、高度に自己管理された戦略的な意思決定の技術です。今回はその核心を、仕事と管理職という視点から掘り下げていきます。

凄母(すごはは) あのワーキングマザーが「折れない」理由
この11人の“戦略”に学べ!東洋経済オンライン人気連載「ワーキングマザー・サバイバル」、ついに単行本化!「上野千鶴子先生、働く女は幸せですか?」も収録。時間がない、体力がない、職場や家族の理解がない……。ワーキングマザーの毎日は、手を抜けな...

「良い人」をやめた資生堂の女性が教えてくれること

本書の中でもとりわけ印象深いのが、資生堂で活躍する金井美加氏の話です。彼女が実践しているのは「睡眠時間8時間の死守」という、一見すると単純なルールです。けれど、このルールが持つ意味は非常に深いのです。

睡眠を8時間確保するためには、それ以外のことを相当数、削らなければなりません。夜の付き合いも断る。家事も完璧にやらない。返信が翌日になる連絡もある。これは「サボること」ではありません。自分のパフォーマンスを長期間にわたって維持するための、意識的な優先順位の設定です。

管理職の仕事も、同じ発想で考えることができます。部下からの相談に毎回完璧な答えを返そうとしていませんか? 会議の資料を必要以上に完成させようとしていませんか?

完璧な上司を演じることと機能する上司であることは別物です。 持続可能なパフォーマンスこそが、長期的な信頼の基盤になるのです。

「全部やる」が生む、見えないコスト

「全部こなせるのが優秀な管理職だ」という思い込みは、多くの職場に根を張っています。でも、本書が鋭く指摘しているのはその逆です。凄母たちが「完璧主義から戦略的に撤退」した背景には、「全部やろうとすることのコスト」への気づきがあったのです。

全部やろうとすると、判断の速度が落ちます。優先度の高い仕事に集中できません。精神的な余裕が失われて、部下への声かけも雑になります。プレゼンの準備時間も削られ、本番で伝わらない。悪循環が始まるのです。

凄母たちが実践した捨て去る技術の本質は、何かをやめることで、より重要なことへのリソースを集中させるという発想です。これはビジネスの意思決定でよく語られる機会費用の考え方とまったく同じ構造を持っています。あなたが全部こなすことに時間を使っている間、本当に集中すべき仕事が後回しにされているかもしれません。

「捨て去る」には勇気と技術がいる

本書を読んで多くの人が感じるのは、「捨てると決めること」自体の難しさです。何かをやめるには、他者からの評価が下がるかもしれないという恐怖を乗り越えなければなりません。「こんなこともできないのか」と思われるかもしれないという不安が、完璧主義を手放せない本当の理由です。

ところが本書に登場する凄母たちは、口を揃えて言います。手放した後、周囲の評価はほとんど変わらなかった、と。むしろ、自分が思い描いていたやらなければならないことの多くが、他者から期待されていたわけでも、組織から必要とされていたわけでもなかった。

自分が自分に課したべき論の重さに気づいたとき、 初めて戦略的に降りる選択が可能になるのです。管理職として、部下に頼むという行動を取れていますか? 自分がやった方が速いという理由で、部下に渡すべき仕事を抱え込んでいませんか? 捨て去る技術は、他者への委任という形でも応用できます。

タスクを捨てる前に「何のために働くか」を問い直す

ただし、「捨て去る技術」には前提があります。それは「何を残すか」が明確になっていることです。守るべき核心がないまま捨て始めると、ただ「手を抜いている人」になってしまいます。凄母たちが強いのは、「この仕事とこの時間だけは絶対に譲らない」という軸を持っているからです。

資生堂の金井氏にとっての「睡眠8時間」がそれです。健康こそが仕事のパフォーマンスの源泉であるという確信があるから、そこだけは譲らない。その確信がベースにあって初めて、他の多くのことを手放す判断が意味を持つのです。

あなたにとっての絶対に守る軸は何ですか? 部下との週一の1on1かもしれない。家族と夕食を食べる週2回の夜かもしれない。それを決めてしまえば、その軸を守るための逆算の捨て方が見えてきます。まず捨てるものを決めるのではなく、

守るものを決めることが戦略的撤退の正しい順番です。

「凄母」に学ぶ、仕事と管理職の新しい地図

本書の11人の女性たちが、育児という制約の中で編み出した「サバイバル戦略」は、管理職という制約の中で消耗しているビジネスパーソンに、驚くほど多くの示唆を与えてくれます。

彼女たちに共通するのは、「完璧な母・完璧な妻・完璧な社員」という三つの仮面を全部かぶり続けることをやめた点です。そして、どれか一つの軸で「これだけは守る」と決めた上で、残りを勇気を持って手放した。完璧主義からの撤退は、敗北ではありません。それは「持続可能な自分をデザインすること」であり、長期戦を生き抜くための高度な知性の発露なのです。

部下から信頼される上司になるためには、まず自分自身を正しく機能させ続けることが必要です。「全部やる自分」より「長く機能し続ける自分」を選ぶ。その決断が、仕事にも家庭にも、想像以上の好循環をもたらすはずです。本書はそのことを、生き生きとした実例を通じて、力強く教えてくれます。

凄母(すごはは) あのワーキングマザーが「折れない」理由
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