「一緒にいる」だけでは関係はつくれない——ケアの実践が生む本当の絆/夏川草介 エピクロスの処方箋

# 「一緒にいる」だけでは関係はつくれない――ケアの実践が生む本当の絆/夏川草介 エピクロスの処方箋

在宅勤務が増えて、家族と過ごす時間は確かに長くなった。同じ空間で、同じ時間を過ごしている。それなのに、どこかかみ合わない。妻との会話が表面的で、子どもと何を話せばいいかわからない。夕食の席が静かなまま終わり、スマートフォンに逃げる。あなたはもしかしたら、「一緒にいること」と「つながっていること」が、まったく別物だということを、うっすら感じているのではないだろうか。夏川草介の最新作『エピクロスの処方箋』は、この問いに対する静かな答えを、一組の叔父と甥の日常の中に丁寧に描き出している。

主人公の雄町哲郎は、3年前に病で亡くなった妹の遺児――甥の龍之介を引き取り、京都でともに暮らしている。二人の間に、生物学的な親子の血は流れていない。法的な義務として引き受けた関係かもしれない。だが本書において、哲郎と龍之介の間に育まれていくものは、どんな家族よりも温かく、どんな職場の人間関係よりも誠実だ。それをつくっているのは、感情でも血縁でもなく、日々の食事をともにし、生活を整えるという小さなケアの積み重ねだ。

職場でも同じことが起きていないだろうか。昇進して管理職になり、部下との関係づくりを「やらなければならないこと」として捉え始めた瞬間から、何かがかみ合わなくなる。あるいは家庭で、父親としての役割を果たそうと意識するほど、子どもとの距離が開いていくような感覚。哲郎と龍之介の関係が示すのは、人と人をつなぐのは役割でも義務でもなく、日々の場を共有し、相手を気にかけるという行為そのものだということだ。

Amazon.co.jp: エピクロスの処方箋 雄町哲郎シリーズ 電子書籍: 夏川草介: Kindleストア
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血縁でも肩書きでもなく、ケアが関係をつくる

伝統的な家族観では、血のつながりが関係の基盤とされてきた。職場では、上司と部下という肩書きが関係の土台になる。しかし哲郎と龍之介の関係は、そのどちらでもない場所から育っていく。

叔父と甥として戸籍上は繋がっていても、3年間離れて暮らし、突然同居を始めた二人の間には当初、ぎこちなさがあったはずだ。にもかかわらず、物語を通じてその関係は確かに深まっていく。その理由は単純で、哲郎が龍之介のために食事をつくり、生活のリズムを整え、何気ない言葉を交わし続けているからだ。

ケアとは、相手のために何かをすることではなく、相手の存在を日常の中で意識し続けることだ。特別な行事や感動的な言葉ではなく、今日の夕食が何かを考える、疲れていないかと表情を読む、帰宅したときに声をかける――そういう積み重ねが、ゆっくりと関係の地盤をつくっていく。

部下との信頼は、肩書きの外側でつくられる

管理職になりたての人がよく陥る罠がある。「上司らしく振る舞わなければ」という意識だ。部下の前では弱みを見せず、常に答えを持ち、適切な指示を出し続けようとする。そうすることで信頼が生まれると思っている。

しかし哲郎が患者や同僚から信頼されているのは、医局長という肩書きを持っていたからでも、卓越した技術を持っているからでもない。彼が誰に対しても同じ態度で接し、困っている人の傍らに黙って座り続けるからだ。

部下との信頼関係も、業務の外側にある小さな行為で積み上げられていく。朝、顔を合わせたときに一言声をかける。仕事の相談ではなく、体調を気にかける。部下が失敗したとき、責める前に状況をまず聞く――そういう行為の積み重ねが土台をつくる。

これらは上司の技術ではなく、人間としてのケアの姿勢だ。哲郎と龍之介の関係が血縁を超えて育まれるように、上司と部下の信頼も、役割を超えた場所で育まれる。

「役割を果たす家族」から「共に生きる家族」へ

多くの父親が悩むのは、子どもとどう接すればいいかわからないという問題だ。子どもが小さいうちは感覚でできていたことが、中学生にもなると何を話せばいいかわからなくなる。休日に一緒にどこかへ連れて行くことが「父親の役割」だと思い込み、それをこなすことで義務を果たそうとする。

だが哲郎と龍之介のあいだには、そういった義務感がない。ただ毎日食事をつくり、食卓を囲む。その繰り返しの中で、少しずつ言葉が増え、沈黙が苦でなくなり、相手の機嫌や体調が目に入るようになる。

日常のケアが先にあって、会話は後からついてくる

子どもに何かを話しかけようと構えるより、一緒に台所に立つ、同じテレビを見る、隣に座って本を読む――そういう、共に在る時間の積み重ねが言葉の土台をつくる。本書が描く叔父と甥の関係は、まさにその順序で深まっていく。

「新しい家族」の形が問いかけてくること

哲郎と龍之介の関係は、現代における家族の再定義を静かに提示している。血のつながりや法的な関係よりも、日々の生活を共有し、相手を気にかけ続けるという実践のほうが、より深い連帯をつくりうる――という問いかけだ。

これは決して家族制度への批判ではない。むしろ逆だ。どんな家族関係も、血縁や法律だけでは維持されない。夫婦も、親子も、その関係を日々のケアで塗り直し続けることで初めて、温かさを持ち続けられる。

在宅勤務で家族と長い時間を過ごすようになったこの時代、「一緒にいること」が増えた分だけ、摩擦も増えた人は少なくないはずだ。かつては物理的に離れていることで維持されていたバランスが、常に同じ空間にいることで崩れた。そういう家庭では、関係の修復に繋がる最初の一歩がある。

ケアの実践をあらためて意識することだ。哲郎が龍之介のために毎日食事をつくるように、小さな行為の積み重ねから始めることだ。

提案が通る人は、日常のケアを怠らない

プレゼンや提案がなかなか通らないと悩む人に、一つ問いかけたいことがある。その相手と、業務の外で接点はあるだろうか。

哲郎が難しい症例を引き受け、それが受け入れられるのは、彼が普段から相手に対して誠実なケアを示してきたからだ。突然、重要な依頼を持ち込んでも聞いてもらえる関係は、日常的な小さな配慮の積み重ねによって初めてできあがる。

重要な提案の前には、相手の関心を日頃から知ろうとする、困っているときに助ける、相手の意見を会議で拾い上げるといった、目立たない行為が土台になっている。信頼は提案の瞬間につくられるのではなく、日常のケアの中に蓄積される。哲郎と龍之介の関係が教えてくれるのは、つながりの本質はいつも、特別な瞬間ではなく、ありふれた日々の中にあるということだ。

夏川草介は本書を通して、家族とは何かという問いを静かに投げかけてくる。血縁でも役割でもなく、ケアと愛情の実践によって関係がつくられるという哲郎の生き方は、職場でも家庭でも普遍的な真実を指し示している。部下に頼られる上司も、子どもに信頼される親も、特別な何かを持っている人ではない。ただ、相手を日常の中で気にかけ続けている人だ。その積み重ねの先に、どんな関係も深まっていく。

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