# 「あの人はそういう人だ」と決めていたのは誰か――櫻田智也/失われた貌/無意識の偏見
「あいつはどうせこう考えているんだろう」と思ったまま、確かめずにいたことはありませんか。
部下の態度がぶっきらぼうで、やる気がないのだろうと判断した。後輩の提案を、まだ経験が浅いからと軽く流した。妻の言葉の裏に、不満が隠れているに違いないと決めつけた――。こうした「思い込み」の多くは、相手の実際の言動ではなく、私たちが相手に対して抱いているイメージから生まれています。そして厄介なことに、そのイメージはほとんどの場合、自分でも気づかないうちに形成されています。
ミステリ三冠を達成した『失われた貌』は、この「無意識の偏見」を物語の核心的なテーマとして描いています。顔という情報を持たない被害者に対し、周囲の人間は勝手なイメージや虚像を押し付けていた――その事実が、捜査の進展とともに徐々に明らかになっていきます。人間が他者をいかに「見たいように見ている」か、本作はそれを恐ろしいほどリアルに暴き出します。
三冠ミステリが問う、他者理解の本質
『失われた貌』は、2025年8月に新潮社より刊行された櫻田智也初のノンシリーズ長編ミステリです。「このミステリーがすごい!2026年版」「週刊文春ミステリーベスト10 2025」「ミステリが読みたい!2026年版」の国内部門すべてで第1位を獲得し、2026年本屋大賞にもノミネートされました。
顔を潰され、歯を抜かれ、両手首を切り落とされた身元不明の死体。被害者を個として特定するすべての物理的情報が失われた状態で、捜査は関係者の証言に頼ることになります。しかしそこで浮かび上がるのは、誰もが自分に都合のいい被害者像を語っていたという事実です。顔がないからこそ、周囲の人間がそれぞれの内面にある欲望や偏見、感情を被害者に投影していたことが、捜査の進展とともに鮮明になっていく――。このテーマの深さが、本作を単なる謎解きを超えた作品として多くの読者に支持される理由のひとつです。
私たちは「顔」ではなく「イメージ」で人を見ている
日常的に人と接していると、私たちは相手の顔や声を手がかりにしながら、その人物のキャラクターを自分の中で組み立てています。明るそうな顔つきだから素直な人だろう、目が合わないから信頼できないかもしれない、いつも静かだから不満を溜め込んでいるのではないか――。こうした判断の多くは、相手の実態ではなく、自分が過去に経験した人間関係のパターンや、社会的な先入観から来ています。
本作では、被害者の顔が失われたことで、この「イメージの投影」が可視化されます。生前の被害者を知る人物それぞれが「あの人はこういう人だった」と語る像が、互いにかみ合わない。誰一人として嘘をついているわけではないのに、語られる被害者の姿が人ごとに違う。その食い違いの正体は、観察者たちが無意識のうちに抱いていた偏見と期待だったのです。
「印象操作」はいつも意図的とは限らない
本作が描く印象操作の恐ろしさは、それが必ずしも悪意から来ていない点にあります。
関係者たちは、意図的に被害者を別の人物に見せようとしたわけではありません。ただ「そう見えていた」のです。自分が見たいように見て、感じたいように感じて、覚えていたいように記憶していた。結果として、誰もが語る被害者の像は、その人自身の内面の投影になっていました。
職場に置き換えると、似たことは珍しくありません。部下の仕事ぶりを評価するとき、最初に抱いた「この人はこういうタイプだ」という印象が、その後の判断に大きく影響し続けることがあります。成果よりも印象が評価を左右し、印象は実態よりも自分の思い込みによって作られている。本作を読むと、日常のそうした習慣を静かに問い直したくなります。
捜査を阻む「偏見の壁」と向き合う刑事たち
捜査係長の日野雪彦と部下の入江文乃は、関係者の証言を積み重ねながら、被害者の実像に近づこうとします。しかし証言を聞けば聞くほど、被害者の姿が確定するどころか、むしろ像が揺らいでいく。
誠実な証言から浮かび上がる矛盾。一見すると無関係に思える事象が、実は同じ偏見という根を持っていたことが後になって判明するプロットの構造は圧巻です。物語の中盤から終盤にかけて、点と点がつながる瞬間の快感と同時に、なぜ誰もそれに気づかなかったのかという問いが読者の胸に残ります。その答えもまた、無意識の偏見という人間の普遍的な性質の中にあります。
「あの人はそういう人だ」という確信を疑ってみる
本作が提起するテーマは、ミステリという枠を超えて私たちの日常に届きます。
部下を「やる気がない」と判断していたが、実は仕事の進め方がわからず困っていただけだった。後輩の提案を軽く流していたが、実はチームの課題を的確に指摘していた。妻の沈黙を怒りだと思っていたが、実は疲れているだけだった――。こうしたすれ違いは、相手の実態を見る前に、自分のイメージが先行してしまうことで生まれます。
「自分は偏見を持っていない」と思っている人ほど、この罠に陥りやすいという指摘が本作には滲んでいます。偏見とは、悪意のある差別意識だけを指すのではありません。「あの人はこうだろう」という素朴な思い込みのすべてが、他者の実態を見えにくくする壁になり得るのです。本作を読んで感じる静かな恐怖は、まさにその普遍性から来ています。
読後に「自分は相手の何を見ていたのか」と自問するきっかけをくれる――それがこの一冊の最も大きな価値です。ミステリ三冠の評価は、人間観察の鋭さへの賛辞でもあります。ぜひ手に取ってみてください。

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