「あの人の道の横を、自分も歩いていたかもしれない」——湊かなえ/暁星/他者への想像力

「なぜあんなことをするのか、まったく理解できない」――職場でも家庭でも、そう感じる瞬間があります。理解できない行動をとる部下、かみ合わない会話が続く家族。そのとき私たちは、相手を「自分とは違う他者」として心の中に区画し、理解を諦めます。しかしその諦めが、関係の糸を少しずつ切り始めているのかもしれません。

湊かなえは長編小説『暁星』について、こう語っています。「自分の人生を、そういった道の横を歩いていたんだなと思いながら、振り返ってほしい」。大臣を刺殺した加害者・永瀬暁を、読者から遠く離れた「狂人」として排除するのではなく、偶然の積み重ねや環境の違いによっては自分の人生と地続きの場所にいたかもしれない存在として想像すること――著者はその問いを読者に静かに投げかけます。

他者への想像力。それは倫理の問題であると同時に、マネジメントの問題であり、コミュニケーションの核心でもあります。「なぜそうなったのか」を想像できる人が、部下からも家族からも深い信頼を得られます。この記事では、本作が提示するこの問いを、日常の具体的な場面に引き寄せて考えていきます。

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「完全な他者」として排除することの危うさ

凶悪な事件が報道されると、人はすぐに「あんな人間は自分とは違う」と感じます。その感覚自体は自然なものですが、それが「理解しようとしない」ことの免罪符になると、問題が生じます。

本作の著者が「道の横を歩いていた」と語るのは、永瀬を擁護するためではありません。宗教2世として人生を支配され、社会的なつながりを断たれ、誰にも話を聞いてもらえなかった人間がたどり着く場所――そこへの道は、特定の環境と偶然の連鎖によっては誰の前にも開きうると、著者は言いたいのです。

排除することは楽です。しかし、排除した瞬間に想像力は止まります。そしてその先にある「なぜ」は、永遠に答えのないままになります。

想像力を持って「なぜ」を問う力

職場で部下がミスを繰り返すとき、「なぜあんな簡単なことができないのか」という問いで止まっている限り、状況は変わりません。一方、「この人はなぜ今こういう状態にあるのか」と問い直したとき、初めて打てる手が見えてきます。

プライベートの問題を抱えているのかもしれません。業務の指示が実は伝わりきっていないのかもしれません。自分では気づいていない体調の変化があるのかもしれない。

なぜを相手でなく状況に向ける習慣が、想像力の基礎をつくります。
相手を責める問いではなく、状況を理解しようとする問いを持つこと。このひとつの方向転換が、部下との関係を問い詰める構造から、一緒に考える構造へと変えていきます。

部下の失敗を「地続きの問題」として見るとき

永瀬の人生が「道の横」にあったように、部下の失敗も、視点を変えれば自分の管理や組織の仕組みと地続きの問題として見えることがあります。

指示の伝え方が複雑すぎなかったか。業務量が適切だったか。相談できる空気がチームにあったか。部下個人の能力や意欲だけに原因を求めると、同じ失敗が繰り返されます。しかし「自分も当事者である」という意識で失敗を見ると、改善できる点が見えてきます。

これは自分を責めることではありません。失敗を「他者の問題」ではなく「システムの問題」として捉え直す視点です。この転換ができる管理職は、部下からも信頼されます。失敗したとき責任を押しつけられないと感じると、部下は正直に報告するようになります。

相手の立場に立つ想像力がプレゼンを変える

他者への想像力は、プレゼンの設計にも直接効きます。

提案を作るとき、多くの人は「何を伝えるか」から考え始めます。しかし本来の起点は「この人は今、何を感じていて、何を不安に思い、何を求めているか」という相手への想像であるべきです。

聴衆の立場に立って考えた提案は、言葉の選び方が変わります。数字の見せ方が変わります。反論されそうな点への先回りが生まれます。自分が言いたいことを並べた提案と、相手が聞きたいことを起点にした提案では、届き方がまるで異なります。
相手への想像力こそが、提案の通過率を決める見えない技術です。

「理解できない」と感じたときこそ踏み込む一歩

本作で著者が読者に求めるのは、加害者への共感ではありません。「自分には理解できない」という壁の前で立ち止まるのではなく、その壁に一歩踏み込もうとする意志です。

職場でも、この一歩の差が長期的な関係の質を決めます。

理解しにくい言動をとる部下や同僚がいるとき、「あの人はそういう人だから」と片づける前に、一度だけ「なぜそうなのか、何か事情があるのか」と考えてみる。その一歩は、すぐに結果を生まないかもしれません。しかし積み重なると、チーム全体に「この場では人を切り捨てない」という空気が生まれます。その空気が、報告・連絡・相談の質を根本から変えていきます。

家族を「理解できない他者」にしないために

「妻が何を考えているかわからない」「子どもがなぜあんな行動をとるのか理解できない」――家庭でも、他者への想像力が試される場面は絶えません。

家族だからわかるはずという前提が、むしろ想像力の障壁になることがあります。長く一緒にいると、相手の言葉を「いつものパターン」として処理してしまい、その奥にある変化を見逃します。

「道の横を歩いていたかもしれない」という視点は、家族にも使えます。今日の妻の感情には、自分が知らない出来事が積み重なっているかもしれない。今日の子どもの反応には、学校での何かが影響しているかもしれない。想像することをやめないこと――それが、家族との距離を縮め続けるための、地味だけれど確かな習慣です。

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