「もっとブレない上司にならないといけない」「一度決めたことを変えたら、部下に舐められるかもしれない」――そんなプレッシャーを感じながら、内心では毎日のように迷い、揺れ続けていませんか?
昇進したばかりの管理職には、「軸のある人間であれ」という見えない圧力がかかりがちです。会議での発言、部下への指示、家族との会話……どこを見ても「正解を出す人」であることを求められるような気がして、そのしんどさが慢性的な疲れの正体になっているかもしれません。
阪神タイガースのトップ選手・近本光司が書いた『僕は白と黒の間で生きている。』は、そんなあなたに「揺らいでいい」という言葉を静かに差し出してくれる一冊です。競争の最前線に立つプロアスリートが、コーヒー一杯のメタファーを通じて語る「変わり続けることの豊かさ」は、職場でも家庭でも抱えがちな硬直した思考をほぐしてくれます。
「ブレない自分」という呪縛がじわじわと消耗させる
ビジネスの世界では、「軸のある人間」「ブレない信念を持つリーダー」がもてはやされます。確かに一貫性は信頼の源になります。しかし、あなたは気づいていませんか。「ブレてはいけない」という意識そのものが、一種の呪縛になっていることに。
40代の管理職ともなれば、過去に自分が言ったこと、決めたことに縛られる場面が増えてきます。三ヶ月前の発言と今の考えが違う、去年の判断を今年は覆したい――そのたびに「一貫性を失った」と後ろめたく感じ、変化を言い出せなくなる。その結果、時代遅れの方針を惰性で守り続けたり、部下との会話で本音を隠したりすることが増えていきます。
この疲れの正体は、硬直への強制です。
本書で近本光司は「香りや味の変わる一杯の珈琲のように、生き方や考え方も揺れていい」と述べています。浅煎りコーヒーは、抽出直後と少し冷めた後では、まるで別の飲み物のように風味が変わります。それでも、どの瞬間のその一杯も「正解のコーヒー」です。著者はこのメタファーを通じて、変化を矛盾ではなく成熟のプロセスとして肯定しているのです。
浅煎りコーヒーが冷めていく中に「人間の本質」がある
なぜ著者はよりによって浅煎りコーヒーをメタファーに選んだのでしょうか。深煎りのコーヒーであれば、冷めても風味の変化は穏やかです。しかし浅煎りは違います。高温の状態では爽やかな酸味が際立ち、少し冷えると果実のような甘みが顔を出し、常温に近くなると複雑な余韻が広がる。一杯の中で、これほどの変化が起きるのです。
著者はプロ野球という「結果がすべて」の世界で生きながら、あえてこのダイナミックに変化する飲み物を人生の比喩として選びました。そこには、「固定されないこと」への深い肯定があります。
私たちが30代のときに正しいと思っていたリーダーシップ論が、40代になって部下と接する中で「あれは違ったかもしれない」と感じることがあるでしょう。それは失敗でも裏切りでもありません。
経験という温度変化が、新しい味を引き出したのです。
浅煎りコーヒーが冷めるにつれて豊かになるように、人間の思考もまた時間とともに深みを増す。「過去の自分と今の自分の考えが違う」ことを責める必要はなく、むしろそれは成長の証拠だと著者は言っているのです。
部下に「揺れている姿」を見せることが信頼を生む
「上司がフラフラしていると、部下がついてこない」――そう信じて、意見を変えることへの罪悪感を持ち続けていませんか?実はこの思い込みこそが、部下との壁を作っている原因かもしれません。
管理職として昇進したばかりの頃、人は往々にして「完璧に見せなければ」という意識を強く持ちます。弱みを見せず、迷いを隠し、常に自信満々に振る舞う。しかしその姿は、部下の目には「近寄りがたい人」として映ることの方が多いのです。
近本光司が本書で見せているのは、「揺れることを隠さない誠実さ」です。プロ野球界では今やAIやトラッキングデータによる最適解が提示される時代ですが、著者はそれに盲目的に従うのではなく「自分の身体感覚と照らし合わせながら、グレーゾーンを探る」と語ります。
正解を即答しない姿勢が、実は深い思考の証です。
部下に対して「少し考えさせてくれ」「前の判断を見直したい」と言える上司の方が、長期的には信頼されます。人は「完璧な人間」より「誠実に考え続ける人間」についていきたいと思うものです。揺らぎを見せることは弱さではなく、思考の深さを示すサインなのです。
プレゼンで「迷いの跡」を見せると提案が通りやすくなる
会議やプレゼンで自分の考えがうまく伝わらない、という悩みを抱える管理職は少なくありません。その原因のひとつに、「完璧な論理で押し切ろうとすること」があります。
白か黒か、正解か不正解か――という構図でプレゼンを組み立てると、聞き手は反論するポイントを探し始めます。なぜなら、完璧な答えを押し付けられると、人は本能的に「本当にそうか?」と疑うからです。
一方、「こういう観点と、こういう観点があって、私はこちらに重きを置きました。ただ別の見方もあります」という提案には、聞き手が入り込む余地があります。グレーゾーンを見せることで、相手は「一緒に考えた」という感覚を持ちやすくなるのです。
近本光司の言う「白と黒の間で生きる」というアプローチは、プレゼンの構成にも応用できます。
迷いを見せることで、聞き手の共感を引き出せます。
具体的には、提案の冒頭で「当初はAという結論を想定していたが、検討を重ねるうちにBという視点も重要だとわかった」という流れを作るだけで、プレゼン全体に「思考の誠実さ」が宿ります。完成された正解より、考え続けた痕跡の方が、人の心を動かすことがあるのです。
家族との会話に「正解を求めない」ことの効用
在宅勤務が増えた今、家族と過ごす時間は増えたはずなのに、かえってぎこちなさを感じている人は少なくありません。「なんでそんなことを言うんだ」「なぜわかってくれないんだ」――そんな気持ちが積み重なって、家庭内に微妙な緊張感が漂っていませんか?
その緊張の多くは「正解を求める姿勢」から生まれています。仕事では論理的に正解を出すことが評価される。その習慣を家庭に持ち込むと、妻の話に「だからこうすればいい」と即答し、子どもの悩みに「正しい答え」を押し付けてしまいます。
しかし家族のコミュニケーションには、正解より「一緒に揺れる」ことの方がずっと大切です。
浅煎りコーヒーの一杯が温度によって変化するように、家族それぞれの気持ちも日々変化します。昨日と今日で気分が違う、以前は好きだったことが今は違う――そういった変化を「一貫性がない」と否定せず、「今はそうなんだね」と受け止めるだけで、会話の質は大きく変わります。
答えを出そうとせず、一緒に揺れることが家族の絆を深めます。
「変わること」を恐れない自己更新の習慣を持とう
本書の一番の贈り物は、「変わることへの許可」です。キャリアの節目に立つ40代にとって、これは特別な意味を持ちます。
20代の頃に信じていた仕事観、30代で築いたマネジメントスタイル――それらを今も守り続けることが誠実さだと思っていないでしょうか。しかし時代は変わり、チームの顔触れも変わり、あなた自身も変わってきたはずです。
近本光司はトッププロとして常に外部からの最適解にさらされながら、それでも「自分の身体感覚との対話を手放さない」と語ります。これは決して頑固さではなく、変化を受け入れながら自分の核を保つ柔軟な姿勢です。
浅煎りコーヒーが冷める中で新しい風味を見せるように、あなたの思考も経験の蓄積によって変化していく。その変化を自然なこととして受け止め、昨日の正解を今日も疑う習慣が、真の自己更新につながります。
部下との関係、プレゼンの場、家族との対話――どの場面でも「揺らぎを恐れない」という姿勢は、あなたをより深みのある人間にしてくれるでしょう。近本光司が一杯のコーヒーを通じて届けてくれたメッセージを、ぜひ日々の中で実践してみてください。

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