「うまく書こうとするから書けない」——いしかわゆき/書く習慣/完璧主義と文章力の本質

「報告書を書こうとしたら、最初の一行で詰まってしまった」「部下への指示メールを何度も書き直して、結局送るのが遅くなった」――そんな経験はありませんか?実は、文章が書けない本当の理由は、文章力の問題ではありません。「うまく書かなければ」という完璧主義が、あなたの手を止めているのです。

いしかわゆきさんの『書く習慣 自分と人生が変わるいちばん大切な文章力』は、文章を書くことへの恐怖心を根本から解消するための一冊です。本書が指摘するのは、「書けない人は文章が下手なのではなく、他人の目を気にしすぎているだけ」という、耳の痛い真実です。部下からの信頼を得たい、プレゼンで相手に伝わる言葉を選びたい、家族とのコミュニケーションをもっとスムーズにしたい――そう願うあなたにこそ、この本の視点は刺さるはずです。

「書くこと」は特別な才能ではありません。考えを整理し、本音を言語化する習慣こそが、職場でも家庭でも「伝わる人」になるための土台です。本書を読むことで、あなたはまず「書けない呪い」から自由になれます。そしてその先に、部下との信頼関係の構築や、家族との会話の質を変えるヒントが待っています。

書く習慣 自分と人生が変わるいちばん大切な文章力
SNS、ブログ、note、世間に発信できるサービスが増え、多くの人が文章で自己表現しています。他人の発信を目にする機会も増え、「自分もなにか発信してみたいな」と思う人も増えています。「書く」を仕事にする人も増え、文章の指南書も数多く出版され...

文章が書けない本当の原因は「評価への恐怖」だった

本書は、多くの人が文章を書けなくなる最大の原因を、はっきりと「他者からの評価や批判に対する過度な恐怖心」であると特定しています。

「この表現で伝わるだろうか」「上司に変な文章だと思われないか」「部下に読まれて馬鹿にされないか」――こうした不安が頭をぐるぐる回っている間、あなたの指は止まったままです。文章を書こうとするたびに、脳内に厳しい批評家が現れて、一言一句を検閲しようとするのです。

これは決して特別な悩みではありません。著者のいしかわゆきさんは、ライターとして活動するなかで多くの「書けない人」と向き合ってきた経験から、この恐怖心こそが最大の障壁だと断言しています。文章力の問題ではなく、メンタルの問題だというわけです。

40代のビジネスパーソンにとって、この指摘はとりわけ身に染みるのではないでしょうか。昇進してから部下への指示が増え、会議での発言機会も増えた。それだけ「言葉の重み」を意識するようになり、かえって慎重になりすぎてしまう――そうした悪循環に陥っている方は少なくないはずです。

「誰にも見られない前提」で書くというマインドセット転換

このメンタルブロックを解除するために、本書が提案するのは驚くほどシンプルな方法です。それは「文章は誰にも見られない前提で書く」というマインドセットへの転換です。

読者を楽しませるために書く必要はありません。上司を感心させるために書く必要もありません。あなたが今日感じた本音を、「自分が忘れないための備忘録」として書けばいい――そう著者は語ります。

この発想の転換がなぜ大切かというと、書く目的が「他者へのアピール」から「自分の記録」へ変わることで、脳内の批評家が黙り込むからです。日記を書くとき、誰も「この表現は文学的に正しいか」と悩みません。思ったことをそのまま書くだけです。本書はその感覚を、ビジネスの言語化にも応用しようと提案しているのです。

実際にこのアプローチを試してみると、不思議なことが起こります。誰にも見せるつもりなく書き始めると、かえって自分の考えの輪郭がはっきりしてくるのです。「部下との関係でなぜ自分は居心地が悪いのか」「今日の会議で何がうまくいかなかったのか」――そういった漠然とした感情が、文字にすることで整理されていきます。

「中学生でも伝わる言葉」だけを使う理由

本書では、SNSや仕事のメッセージで文章を書く際のアドバイスとして、「美しい修辞や高度な専門用語を使おうとするのではなく、中学生にも伝わるレベルの平易な言葉で本音を書く」ことを強く勧めています。

これは「語彙が少なくてもいい」という話ではありません。難しい言葉で飾った文章は、書いた本人の不安を隠す鎧になってしまうということです。カタカナ語や専門用語を多用した報告書は、一見すると「できる人の文章」に見えますが、実は「自分の考えを持っていない証拠」になりやすいのです。

部下との信頼関係という観点からも、これは重要な示唆です。マネージャーが発するメールや報告書が難解な言葉で埋め尽くされていると、部下は「何が言いたいのかわからない」と感じます。一方、平易な言葉で本音を率直に書いた指示は、たとえ短くても「この上司は自分の言葉で語っている」という信頼感を生みます。

「わかりやすく書く」とは、相手に配慮した書き方です。それが結果として、信頼を積み上げる言語表現につながるのだと、本書は静かに教えてくれます。

「情報伝達」から「自己記録」への視点の移動が鍵

本書で最も革新的な提案のひとつが、「書くことの目的を情報伝達から自己記録へと移す」という視点の転換です。

私たちはつい、「文章とは誰かに何かを伝えるためのもの」と考えがちです。確かにそれは文章の重要な機能ですが、それだけが目的になると、「ちゃんと伝わるか」という不安が常につきまといます。

自己記録としての書き方は、全く違うスタートラインを持っています。今日感じた違和感、部下の言動で引っかかったこと、会議で言えなかった本音――そういった「日常の些細な本音」を安全にアウトプットする場所として、文章を使うのです。

これが習慣になると、仕事において非常に大きな変化が生まれます。自分の考えを言語化する速度が上がり、会議での発言がスムーズになる。提案書を書くときに、骨格が早く決まるようになる。なぜなら、日頃から「自分はこう思っている」を文字にしているからです。

家庭でも同様です。妻や子どもとの会話で「うまく伝わらない」と感じることが多い方は、まず自分の気持ちを文字にする練習が助けになります。頭の中の霧が晴れ、言いたいことが整理されることで、会話のきっかけが掴みやすくなるのです。

「書けない自分」を責めるより「環境」を変える

本書のもうひとつの重要なメッセージは、「書けないのは意志の問題ではなく、環境の問題だ」という視点です。

多くの人は、文章が書けないと「自分はやる気がない」「文才がない」と自分を責めます。しかし著者は、そうした自己批判は的外れだと指摘します。書くためのハードルが高すぎるだけで、ハードルを下げれば誰でも書けるようになる、というのが本書の立場です。

完璧主義を手放すとは、「ひどい文章でもいい」ということではありません。「まずは書き始めること」を最優先にするということです。一文でいい、箇条書きでいい、誰にも見せない走り書きでいい――そのくらいの入口から始めることで、書く習慣は育っていきます。

マネージャーとして部下を育成する立場から考えると、これは示唆に富んでいます。部下が報告書や資料を出してこないとき、「やる気がない」と判断する前に、「書くためのハードルが高すぎるのではないか」と問い直してみる。そういった視点の転換が、チームのコミュニケーションを変えることがあります。

「書く習慣」が職場と家庭の信頼を変える

完璧主義を捨て、自己記録として書くことを習慣にした先に何があるのか。本書が最終的に伝えようとしているのは、「書くこと」が人間関係をじわじわと変える力を持っているということです。

毎日わずか5分でも自分の本音を文字にしていると、自己理解が深まります。自分が何を大切にしているか、何に不満を感じているか、何を恐れているかがクリアになってくる。その自己理解が、他者への言葉の解像度を上げるのです。

部下に指示を出すとき、「なんとなくうまくやっておいて」ではなく、「私が期待しているのはこういうことだ」と言葉で伝えられるようになる。プレゼンで「なんとなく伝わっていない気がする」という感覚が減り、言葉が相手に届く手応えが生まれる。家庭でも、「なんか違う」という漠然とした不満を言葉にできるようになり、妻や子どもとの会話が少し変わってくる。

いしかわゆきさんの言う「書く習慣」とは、文章をうまく書く技術の話ではありません。自分の内側にある声を、言葉にし続けるという習慣のことです。それが積み重なることで、あなたの言葉は少しずつ「伝わる言葉」へと育っていきます。

書くことをやめていたあなたに、もう一度ペンを手にするきっかけを与えてくれる一冊です。まず一文、誰にも見せない本音を書くところから始めてみてください。

書く習慣 自分と人生が変わるいちばん大切な文章力
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