「部下が動かない」のは評価がブラックボックスだからだ——飯山辰之介/SHIFT解剖/人的資本経営

部下に仕事を任せても、なぜかいつも期待外れな結果が返ってくる。指示は出している。叱咤激励もした。それでも、チームに活気が出ない。もしかして、問題はあなたの「評価の仕方」にあるのではないでしょうか。

上場からわずか10年で売上高を60倍、時価総額を100倍超にまで飛躍させたIT企業・SHIFT。その秘密は、最新のテクノロジーでも、ユニークなビジネスモデルでもありませんでした。「人事そのものを、根本から作り直した」ことにあったのです。日経ビジネス副編集長・飯山辰之介氏がその全貌を解剖した『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』は、管理職として日々悩むあなたに、組織を動かす本質的な視点を与えてくれます。

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「経験と勘」の人事が、組織の活力を奪っている

あなたの会社では、誰がどんな理由で評価されているか、部下は正確に理解していますか。

多くの日本企業では、評価のプロセスが不透明なままです。上司の「経験と勘」、学歴、職歴、あるいは上司との相性――こうした曖昧な基準が人事を支配しています。本書はこれを「ブラックボックス」と呼び、SHIFTがいかにしてこの構造を解体したかを克明に描きます。

考えてみてください。あなた自身が部下の立場だったとしたら、どうでしょう。なぜ評価されたのか、なぜ昇給しなかったのか、理由が見えない職場で、本気で働く気になれるでしょうか。部下が動かないのは、怠慢や能力の問題ではなく、「頑張っても報われるかどうかが見えない」ことへの無意識の諦めかもしれません。

SHIFTが最初に着手したのは、この「見えない壁」を取り除くことでした。

「給与はコストではなく、投資である」という発想の転換

本書が提示する最もインパクトのある視座が、給与に対する考え方の根本的な転換です。

一般的な企業では、人件費はP/L(損益計算書)上の「コスト」として扱われます。だから削減の対象になり、昇給は慎重になり、評価は相対的な枠の中で傾斜配分される。これが日本の多くの職場の現実です。

ところがSHIFTは、まったく逆の論理で動いています。「給料を先に上げなければ、やる気は起きない」――これが創業者・丹下大社長の哲学です。社員の生産性を最大化するために、先行して高い報酬を提示し、それに見合う活躍の場を経営側が責任を持って用意する。給与は先行投資であり、その回収は社員の成長と会社の利益拡大によって果たされるのです。

これを管理職の視点で読み替えると、どうなるでしょうか。部下の成長に対して、あなたはどれだけ先行投資しているか。情報を与える、機会を用意する、信頼して任せる――こうしたコストをかけることが、結果として最大のリターンを生む。本書はそのことを、数字と事例で証明しています。

データで人を見ると、見えていなかったものが見えてくる

SHIFTが採用に際してIT業界の経験や学歴を一切不問にしたのは、有名な話です。宮大工、パティシエ、警察官――まったく異なる経歴を持つ人材が、同社では高いパフォーマンスを発揮しています。

なぜそれが可能なのか。その答えが「CAT検定」です。ITの知識ではなく、業務に必要な「素養」――網羅的なパターン認識能力や論理的思考力――を測る独自の検定で、合格率はわずか6%。この仕組みによって、従来の採用市場では見落とされていた「埋もれた優秀な人材」を発掘できるようになりました。

本書はこの人材を、スラムダンクの桜木花道に例えています。入部当初は素人同然でも、正しい環境と指導があれば、誰も想像しなかった高みまで伸びていく。逆にいえば、既存のバイアスで見ていると、桜木花道はずっとただの不良のままです。

あなたの部下の中にも、正しい目で見れば光り輝く「桜木花道」がいるかもしれません。「あの人は使えない」という評価が、もしかしたら見方の問題である可能性を、本書は静かに問いかけてきます。

評価を「見える化」すると、上司への信頼が生まれる理由

SHIFTでは、社員一人当たりの年収を、役員陣が年間1200時間をかけて個別に決定します。これは一見、途方もない非効率に見えます。しかしここに、組織への信頼感を生む深い意図があります。

数字だけでは捉えきれない「炎上案件を身を挺して鎮火させた」「新人のフォローに徹していた」といった定性的なエピソードを、丁寧に拾い上げる場がこの評価会議です。機械的な自動評価では必ずこぼれ落ちる「人間の頑張り」を、経営陣が直接確認する。だから社員は「見てもらえている」と感じ、組織への信頼が醸成されていくのです。

管理職として部下に信頼されるためのヒントが、ここにあります。数字の目標を達成したかどうかだけでなく、そのプロセスで部下がどう動いたか、どんな困難を乗り越えたかを、あなた自身の言葉で評価に反映しているでしょうか。「見ている」という事実が、上司への信頼の源泉になります。

人的LTVという視点が、マネジメントを変える

本書が提唱する概念の中で特に注目すべきが「人的LTV」です。LTV(顧客生涯価値)とは、マーケティングで顧客一人が生涯にわたってもたらす利益の総量を指す言葉ですが、SHIFTはこれを人材に適用しました。

エンジニアの人数 × 在籍期間 × 個々人の価値創出力――この掛け算が人的LTVの核心です。オフィス移転やイベント開催といった施策が「在籍期間の延長」にどう寄与するかを定量的に計算し、麻布台ヒルズへの移転がLTVを2000億円向上させる投資であると位置づける。一見感情的な施策にも、明確な投資対効果の論理が存在するのです。

これを職場に置き換えると、部下のエンゲージメントを高めるための1on1の時間や、キャリア開発の相談に費やす時間は、コストではなくLTVへの投資として捉え直せます。今日の1時間が、部下の在籍期間と生産性を通じて、何十倍もの価値を生む可能性があるのです。

「仕組み」は、人間への不信感から生まれるのではない

本書を通読して最も印象的なのは、データ主義と人間主義が矛盾なく共存している点です。450項目以上のデータを収集する「ヒトログ」、AIによる面接官の笑顔解析、退職リスクの早期検知――こうした数字の羅列を見ると、まるで社員を機械の部品のように扱っているように思えるかもしれません。

しかし実態は逆です。社員の個人的な悩みに会社が積極的に介入する「おせっかいの文化」、経営陣がコスプレでイベントを盛り上げる泥臭い熱量――この人間的な温かさが、データ活用の土台にあるのです。データは人を管理するためではなく、「一人ひとりをちゃんと見るため」のツールとして機能しています。

部下との信頼関係を築くうえで、数字とデータを使うことを恐れる必要はありません。大切なのは、そのデータを何のために使うかという姿勢です。管理のためではなく、相手の成長と幸せのために使う――SHIFTの事例はその可能性を、説得力ある形で示してくれます。

「部下を信頼できない」と感じたときに開く一冊

『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』は、人事部門だけに向けた専門書ではありません。部下との関係に悩む管理職にとって、評価のあり方、信頼の築き方、そして人材への投資という視点を根本から問い直させてくれる一冊です。

人事のブラックボックスを取り除き、給与を投資と捉え直し、データと温度感を融合させた経営――この哲学は、チームを率いる管理職の日常にそのまま応用できます。あなたの部下が動かない理由が、もしかしたらこの本の中に書いてあるかもしれません。ぜひ手に取ってみてください。

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NR書評猫1825 飯山辰之介 SHIFT解剖_究極の人的資本経営

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