あなたの会社は、既存事業の効率化に追われるあまり、新しい挑戦を後回しにしていませんか?
かつて写真フィルム業界で世界最大手だったコダック社。誰もが知る巨大企業でしたが、デジタルカメラの登場によって、わずか数年で経営破綻に追い込まれました。一方で、同じくフィルム事業を主力としていた富士フイルムは、化粧品や医薬品という全く新しい分野に進出し、見事に事業転換を成功させています。
この明暗を分けたのは何だったのでしょうか?
答えは、「両利きの経営」を実践できたかどうかにあります。今日ご紹介するチャールズ・A・オライリーIIIとマイケル・L・タッシュマンの名著「両利きの経営」は、変化の激しい現代において企業が生き残るための革新的な経営手法を解き明かしています。
この記事を読むことで、あなたは既存事業を守りながら新規事業を開拓する具体的な方法を学び、自社の持続的成長への道筋を見つけることができるでしょう。
「両利きの経営」とは何か?成功企業が実践する二つの戦略
両利きの経営とは、既存事業の強化と新規事業の創出を同時に行う経営戦略のことです。
多くの企業は、目の前の業績向上に集中するあまり、「知の深化」(既存事業の効率化・改善)ばかりに注力してしまいます。確かに短期的には安定した収益を確保できますが、市場環境が激変したとき、対応が遅れて衰退する危険性があります。
一方で、「知の探索」(新規事業の開拓・実験)は、将来の成長の種を蒔く重要な活動です。しかし、こちらに偏りすぎると、既存事業の収益基盤が揺らぎ、探索活動を継続するためのリソースが枯渇してしまいます。
両利きの経営は、この相反する二つの活動をまるで左右の手を器用に使い分けるように、戦略的にバランスを取りながら推進する手法なのです。
現代のビジネス環境では、IoTやAI技術の急速な発展、消費者ニーズの多様化、新興企業による破壊的イノベーションなど、変化のスピードが加速しています。このような環境で企業が持続的に成長するためには、安定と革新を同時に追求する両利きの経営が不可欠となっているのです。
成功と失敗を分ける決定的な違い:富士フイルム vs コダックの明暗
同じフィルム業界でありながら、なぜ富士フイルムは生き残り、コダックは倒れたのでしょうか?
コダックは長年にわたってフィルム技術の改良に注力し、その分野では世界トップの技術力を誇っていました。しかし、デジタルカメラが普及し始めても、既存のフィルム事業の利益率の高さに固執し、本格的なデジタル技術への転換を先延ばしにしてしまいました。
これが典型的な「サクセストラップ」の例です。過去の成功体験が新しい挑戦を阻害し、結果として市場の変化に対応できなくなってしまったのです。
一方、富士フイルムは異なる戦略を取りました。フィルム技術の深化を続けながら、同時にその技術を化粧品や医薬品に応用する探索活動を積極的に推進したのです。
フィルムの製造技術には、実は化粧品に必要な抗酸化技術やナノテクノロジーが含まれていました。富士フイルムは、この既存技術を新しい市場に応用することで、「アスタリフト」という化粧品ブランドを立ち上げ、成功を収めました。
さらに、医薬品分野でも既存の技術を活かし、新たな収益源を確保することに成功しています。これこそが既存の強みを活かしながら新領域を開拓する両利きの経営の実践例なのです。
なぜ多くの企業が両利きの経営に失敗するのか?3つの落とし穴
両利きの経営の重要性は理解できても、実際に実践するのは容易ではありません。多くの企業が陥る代表的な失敗パターンを見てみましょう。
落とし穴1:組織の論理の違いを理解していない
既存事業部門は効率性と短期的な成果を重視します。一方、新規事業部門は不確実性を受け入れ、長期的な視点で試行錯誤を繰り返す必要があります。
この全く異なる論理を同じ組織、同じ評価基準で管理しようとすると、新規事業が既存事業の論理に潰されてしまいます。多くの企業で「新規事業が立ち上がらない」という悩みの根本原因がここにあります。
落とし穴2:リーダーシップの不足
両利きの経営を成功させるには、経営トップの強いコミットメントが不可欠です。矛盾する二つの活動を組織内で両立させるためには、明確なビジョンと一貫したメッセージが必要です。
しかし、多くの場合、経営陣が「とりあえず新規事業もやってみよう」という程度の意識で取り組んでしまい、組織全体に浸透しないまま終わってしまいます。
落とし穴3:短期的な成果を求めすぎる
新規事業の成果が出るまでには時間がかかります。しかし、既存事業と同じように四半期ごとの短期成果を求められると、真のイノベーションは生まれません。
探索活動では、行動量や学習プロセスそのものを評価する仕組みが必要ですが、多くの企業がこの点を見落としています。
両利きの経営を成功させる具体的な組織設計の方法
では、実際に両利きの経営を実践するには、どのような組織設計が必要なのでしょうか?
分離と統合の絶妙なバランス
効果的なアプローチは、組織を物理的に分離しつつ、戦略的に統合することです。
具体的には、既存事業を担う「深化ユニット」と新規事業を担う「探索ユニット」を別々の組織として設置します。それぞれに異なる評価基準を適用し、探索ユニットには短期的な利益目標を課さず、代わりに実験の回数や学習の質を評価します。
しかし、単純に分離するだけでは「出島化」してしまい、既存事業の資産を活用できません。重要なのは、新規事業で生まれた成果を既存事業に統合する仕組みを作ることです。
成功事例:AGCの組織改革
AGC(旧旭硝子)は、この分離と統合を見事に実践した企業です。同社は既存の「コア事業」と将来の「戦略事業」を明確に分け、新規事業の育成機能をコーポレート部門に設置しました。
研究開発の成果を事業に育てる「事業開拓部」を新設し、新規事業のアイデア選別・育成プロセスを確立。量産化の目途が立ったものは既存事業のカンパニー内で事業化するという、分離しつつ統合するアプローチで成功を収めています。
異なる評価基準の重要性
探索ユニットでは、従来の売上や利益といった指標ではなく、以下のような指標で評価することが重要です:
- 実施した実験の数と質
- 市場から得た学習の深さ
- 仮説検証のスピード
- 顧客との接点の拡大
このようなプロセス重視の評価により、長期的な価値創造につながる活動を促進できるのです。
経営者のメッセージが企業の未来を左右する理由
最新の研究で驚くべき事実が明らかになりました。経営者が発信するメッセージの中で「深化」と「探索」のバランスを取っている企業ほど、高い財務パフォーマンスを示すことが実証されているのです。
言葉の力が組織を動かす
アステラス製薬や伊藤忠商事、ファーストリテイリングなどの長期高業績企業を分析すると、経営者メッセージにおいて既存事業の強化と新規事業への挑戦がバランス良く言及されていることが分かります。
これは単なる偶然ではありません。経営者のメッセージは、組織全体の戦略的意図や優先順位を従業員に伝える強力なシグナルとなります。両利き性を意識したメッセージを一貫して発信することで、従業員は既存業務の改善に努めつつ、同時に新しいアイデアを模索する意欲を持つようになるのです。
中長期的な効果の発現
興味深いことに、この効果はメッセージ発信の翌々期に最も強く現れることが示されています。これは、探索活動が本質的に中長期的な性質を持つことと、組織能力の強化が財務成果につながるまでのタイムラグを反映しています。
つまり、経営者の発信するメッセージは、企業の見えない資産(組織能力、文化、従業員のエンゲージメント)を形成し、それが最終的に見える成果(財務パフォーマンス)につながるという深い因果関係があるのです。
今すぐ実践できる両利きの経営の第一歩
両利きの経営は大企業だけのものではありません。どんな規模の組織でも実践できる具体的なアクションがあります。
まずは現状の把握から
あなたの組織で以下の質問に答えてみてください:
現在のリソース配分は深化(既存事業の改善)と探索(新規事業の模索)でどのような比率になっているでしょうか?多くの組織では9:1、あるいはそれ以上に深化に偏っているはずです。
小さな探索活動の開始
いきなり大規模な新規事業を立ち上げる必要はありません。週の10%を探索活動に充てることから始めてみましょう。
具体的には:
- 他業界の成功事例を研究する時間を設ける
- 顧客との対話を通じて潜在ニーズを探る
- 新しい技術やツールを試験的に導入してみる
- 社外の勉強会やセミナーに参加する
評価基準の見直し
探索活動に対しては、従来の成果指標とは異なる評価基準を設けることが重要です。失敗を恐れず、学習を重視する文化を作り上げていきましょう。
変化の時代を勝ち抜く企業の新常識
両利きの経営は、もはや選択肢ではなく必須の経営手法となりました。
技術革新のスピードが加速し、業界の境界線が曖昧になる現代において、既存事業だけに頼る経営は極めて危険です。一方で、探索活動だけに注力して既存事業をおろそかにすることも、リソースの枯渇を招く可能性があります。
富士フイルムのように既存の強みを新領域に活かす企業、AGCのように組織を戦略的に再設計する企業、そして経営者が両利きのメッセージを一貫して発信する企業こそが、変化の激しい時代を勝ち抜いていくのです。
あなたの組織も、今日から両利きの経営への第一歩を踏み出してみませんか?未来の成長は、今この瞬間の決断から始まります。本書「両利きの経営」は、その具体的な道筋を示してくれる、現代のビジネスリーダー必読の一冊といえるでしょう。

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