薄桜鬼シリーズにおいて沖田総司の労咳(肺結核)は物語の重要な要素となっています。このキャラクターが背負う宿命は、彼の人生と選択に深い影響を与え、プレイヤーの心に強く訴えかけます。この記事では、ゲームやアニメにおける沖田総司の労咳の描写と、それが物語にもたらす意味について詳しく解説します。
沖田総司と労咳の始まり
新選組一番組組長である沖田総司は、天才的な剣士として描かれています。幕府の医師である松本の診断では労咳を患っており、池田屋事件以降時折発作を起こしては喀血するようになります。しかし、物語の時系列において、労咳の発症時期については若干の曖昧さも見られます。
黎明録の時代(千鶴が来るより前の時代)では、沖田はまだ労咳ではありませんでした。池田屋事件の際の吐血について、当時はまだ病気が原因ではなく、風間千景との激しい戦いによるものだという見方もあります。実際の史実でも、池田屋事件での吐血については諸説あり、すでに労咳になっていたという説と、それはないという説が存在します。
労咳の進行と苦悩
物語が後半に進むにつれて、沖田の労咳は徐々に悪化していきます。特に沖田ルートでは、千鶴がずっとそばで世話をしているため、彼女も現場から離れてしまい、肝心な話は蚊帳の外といった状況になります。
沖田にとって「新選組の剣」として戦えないことは大きな苦悩です。まともに剣を握ることができない自分が、いつまで新選組のみんなの傍にいることを許されるのか、近藤さんの役に立てないことへの苦しみを抱えています。沖田が度々言う「新選組の剣」という言葉は、黎明録から来ている言葉だといわれています。
変若水と労咳の関係
物語の中で重要な要素となる「変若水」ですが、これを飲んで羅刹になっても沖田の労咳は治りません。沖田ルートでは、南雲薫(千鶴の双子の兄)が「変若水で病気が治るかも」と言葉巧みに沖田にあれこれと言い、変若水を飲むように仕向けます。
しかし実際には、南雲薫自身が「変若水では労咳は治らない」と明言しており、沖田は羅刹になった上に労咳の発作にも苦しむことになってしまいます。「このルートはただでさえ労咳のことがあるのに、薫のせいで理不尽な不幸がいっぱい詰まっていて」と表現されるほど過酷なストーリー展開となっています。
沖田の心情と行動
労咳を患っていることで、沖田の行動や心情にも影響が表れています。例えば、子供たちと遊んでいた沖田が、突然子供に「たかいたかい」をしてあげたまま下ろさないという行動をとります。千鶴が「あの子たちと仲良しなんじゃないんですか?」と聞くと、「コレであの子たちはもう、僕の近くには来ないだろうね」と少し寂しそうに呟きます。千鶴はこの時、沖田が労咳を子供たちにうつさないためにわざとやったことだと気づきます。
また、沖田は近藤さんの養子になる話を断ります。その理由として「子が先に死んだら親が悲しむから」と語っており、自身の死期を悟っていることがわかります。それでも「僕はまだ、戦える」という言葉を繰り返し、最後まで剣を手放そうとしない姿勢を見せます。
アニメでの沖田の最期
アニメ版「薄桜鬼 碧血録」の6話では、沖田の最期が描かれています。アニメでは、近藤さんの事で土方さんと衝突しながらも、最後の力を使いきって土方さんを守るために戦い、敵を全滅させた後に灰となって消えるという最期を迎えます。
「碧血録・沖田総司の最期がカッコ良過ぎる」と評されるように、病に伏せて、ずっと起きられなくて、苦しんで苦しんで布団の上で亡くなっていくよりは、戦いの中で散っていった姿のほうが沖田らしいという見方もあります。
実際の労咳(肺結核)について
労咳(ろうがい)は現在の肺結核のことで、結核菌によって引き起こされる感染症です。この病は人類との戦いが非常に古く、平安時代の『枕草子』や『源氏物語』にもその様子が描かれています。
20世紀なかばに治療薬が発見されるまで、長きにわたって死病と恐れられており、高杉晋作や樋口一葉、正岡子規など多くの著名人も肺結核で亡くなっています。症状としては、全身のだるさ、37度台の微熱、食欲不振や体重減少、寝汗などが現れ、患者の痰や咳、くしゃみによる空気感染が主な経路となります。
沖田総司ルートの結末と救い
沖田ルートでは、苦しい状況の中でも沖田と千鶴が互いに信頼し合い、愛情が芽生えていく描写があります。最初は「斬る/殺す」と脅していた沖田も、次第に千鶴に素直に気持ちを伝えられるようになっていきます。
最後は穏やかに2人で眠っている描写で物語は終わりますが、その後の展開は明確には描かれていません。ただし、シナリオ担当者によると、沖田ルートでは千鶴も変若水を飲んでいますが、彼女の場合は「純血の鬼」であるため、数年後にはほとんど影響なく羅刹の毒を治癒できるとされています。沖田は聡明な人なので、その事実にきっと気づき、心から喜ぶだろうとも書かれています。
結論
薄桜鬼における沖田総司の労咳は、単なる歴史的事実の再現にとどまらず、彼のキャラクター性や物語の展開に深く関わる重要な要素です。戦いたいのに戦えない苦しみ、近藤への忠誠、千鶴への複雑な感情などが、病の進行とともに描かれています。
沖田ルートは特に労咳と羅刹の苦しみが重なる過酷なものですが、その中でも芽生える愛情や信頼関係が描かれており、「傷付くなか支え合い、そのなかで信頼と愛情が芽生えていく」という流れが「めちゃくちゃ良い」と評価されています。
薄桜鬼シリーズは、史実の新選組を題材にしながらも、ファンタジー要素や恋愛要素を加えた独自の世界観を構築しており、沖田総司の労咳もその中で重要な役割を果たしています。病に苦しみながらも最後まで剣を握りしめる沖田の姿は、多くのファンの心に深く刻まれています。
参考サイト
Yahoo!知恵袋 – 薄桜鬼について沖田さんはいつから労咳なんですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11160012426
咲希の牧場物語 – 薄桜鬼沖田総司その17
https://ameblo.jp/kumicocoa5/entry-11404082392.html
ピクシブ百科事典 – 沖田総司(薄桜鬼)


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